わからないままに:第五百十四章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

わからないままに

 

わからないまま

今回は下記のお手紙を相談フォームからいただきました。
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鬱の症状があり状況判断が出来ない、わからない中でやっている事は善行になるのでしょうか?

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お手紙ありがとう。


わからないで行っているというのは、ある意味において、自然に善行ができているということであり、あなたのように、わからないままに善行を行うことこそが、大切なことなのです。

 

リスクと道

リスクを恐れて、リスクを避けていれば、ある時、避けられないリスクに堕ちていくことがある。

避けられないリスクも、リスクをリスクとは考えることも無く、日頃から恐れを知らず、向かって行けば、避けられるのです。

直線的に物事を考えるのは、まっすぐに進み、少しも道から外れはせず、俗世に堕ちることは無く、また、それに知識を使うことも無く、進むことなのだから、あなたには、神の七つの掟を行うことは難しくはないということでしょう。

これが、非線形思考のように、物事を考えてから行動したり、考えることで、リスクを避けようとするのは、愚か者から抜け出せずにいる者たちである。

 

真理の道

あなたは既に、神の七つの掟を、知らないままに行い始めていて、これからはチャンスを逃さずに、他者を助けて歩くことで、全てを果たすことになり、右の道を歩き出しているけれど、それに気づかずにいる。

気付かずに歩いているのは、とても素晴らしいことで、そこに作為が無いということなのです。

それが、鬱病から来ているとすれば、鬱病に感謝をしなさい。鬱病のおかげで、もう少し先にならなければ、行うことへの気付きが、早めに来たのであり、鬱病を離してはならない。

 

考えあぐねる道

あなたに伝えておくことを、話してみよう。

人間には、俗世に溺れている者と、俗世にいながら善行を行う者がいて、その者たちには、同じ奔流が走り、俗世に溺れる者は、リスクを避けて川上から大海へと流されていく。

方や、俗世にいながら善行を行う者は、考えることも無く、川下から川上へと歩き、その間も、流されていく者たちを助けながら、ただ只管に歩みを止めることなく、真理の道を歩いていくのです。

かかずりあう奔流から逃れるために賢しらな者は考え倦ねるが、あなた方は、掛け構いないと、気にすることも、智慧者の答えを聞くことも無く、歩みを止めることを知らない。

俗世で拘り合う者とは、智慧を使い、俗世でうまく生きようと、俗世から離れられないが、良い思いをするか、敗者となるか、そればかりに気をとめる拘泥であり、既に、敗者となっていることに気が付きもしない。

 

安逸を貪る道

安逸を貪るというと、何も考えないで気楽に過ごすことだが、身構えることなく、このような感じで、善行を行っていくのなら、善行のチャンスを掴むことができる。

真理を尊び、道を貴ぶならば、必ず、道を歩くことができる。名もなき道を歩いていれば、あなたに助けられるのを待つ者がいる。

あなたは考えることも無く助ける、そこで、あなたは徳を頂き、徳を貴んでも、徳があなたに纏わりついてくるのを、あなたは気づきもしない。

徳を持つ者は、徳の作用を知ることはない、しかし、徳は尊いから、あなたを導く要素となる。

右の道を歩く者は、他者を助けては、日々何かを得るが、得ることも知らず、その道に真理が現れた時には、日々何かを捨てる。

 

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

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