バトルロイヤルゲーム:第四百四十一章

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バトルロイヤルゲーム

 

ゲームと神

下記をご相談フォームより頂きました。

今回は以前にも書いたことを、綴る部分もありますが、ご相談者様が十三歳という年齢でありながら、私が過去章でも話したように、子供は大人よりも大人を証明していただける質問であったために、今一度、ここに来たあなた方に、別の話も含めて、認めてみました。
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オンラインの
バトルロイヤルゲームは、
敵プレイヤーの正面から、
こっそり背後や横に移動して
敵プレイヤーがこちらに気づく前に攻撃して
倒したりすることもありますが、
このようなことは騙しとみなされ
七つの掟を破ることに
なってしまうのですか?
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お手紙ありがとうございます。

今回のご質問では、ゲームでのお話なのか、それはゲームを例えとして、実社会に当てはめた場合のことなのか、二つの答えが、そこにはあります。

仮に、ゲームと考えた場合においては、戦略は非常に常用であり、いかに、ゲームの中で勝利を収めるかのために作成されているゲームの作者の思いがありますので、それに応えるべくしては、勝利を収めるべく努力されることです。

さて、これを実社会に当てはめて考えるのであれば、非常に単純で、騙す人がいるのならば、騙されましょう。

騙す人にとって、あなたが騙されてくれたおかげで、喜びを感じることになるのです。これは、ある意味、あなたは何もせず、相手の好きなようにしていただき、相手という人を、笑顔にさせることが出来たのです。これが神の七つの掟の一つです。

 

砂利を投げられる仏陀

昔、ある神が、この俗世の中で歩いていた、少し、路地を抜けたところは何もない場所で、そこで遊び狂っている者達がいた。

その神は、何も言わず、その横を通り抜けようとしたときに、神の姿は乞食の姿であったので、遊ぶ者達から、汚い、乞食野郎と言われ、砂利を投げつけられました。

その神は、逃げることも無く、その場に座り込んで、砂利をぶつけられるのにじっと耐えていました。神は、どれだけ砂利が自分の体や、顔に当たっても、顔色一つ変えず、目をつむり、眠るように時を待ちました。

遊び人たちは、楽しくて、乞食、乞食、薄汚い、と罵声と笑顔で、砂利を投げ続けました。

しかし、砂利を投げることに疲れ、そしてその行為にあきて、立ち去ろうとしました。

すると、神は、その者達へ、私は、あなた方に、何もしてはいないが、あなた方に笑顔と喜びを与えることが出来た。今日は、この場所を通ることが出来て、大変ありがたいものを頂いた。

このようにして、神は彼らと別れました。

よくご存じのことでしょう、人を笑顔にできるのであれば、負けて十分。そのように生きられることです。あなたの生と思う時間は、ほんのあと少しなのですから。最後くらいは、良心を見せてみましょう。所謂、カッコよくです。

私は、神として何をどのように教え伝えればよいのかを、はじめは悩み苦しみました。しかし、何もできないことを知った。

出来ることは、捌け口になるくらいかもしれないことを悟ったときに、捌け口になることで、人に喜びを与えられるのであれば、それから、神として、何を伝え、何を教えるのかがわかりました。

今も、相談フォームからは、罵声が多くあり、しかし、その者達の中から、神の七つの掟を守ることを、一生の誓いという者も生まれてきているのです。

その中で、大木の神が、私の神の七つの掟について、今後は、神の七つの掟を使う時に、私大木の神の教えと伝え広めても良い、という言葉頂き、今は、私の言葉というよりも、大木の神の七つの掟とさせて頂いております。

 

奇跡と神

私はピエロになりなさいと何度か話したことと、今回の砂利をぶつけられる神の話とは、同じことです。それが、分かっている人が多いことに、本当に嬉しい。

人のために、何もできないことなどない、何もできないのであれば、唾を吐きかけられたり、馬鹿と笑われたり、それで、人に笑顔が与えられれば、あなた方には十分、神の七つの掟の幾つかは行っていることになるのです。

だから、罵声や瞋恚する相手に常に感謝しなさい。あなたが何もしなくて、そこに座り、または、立ち、動かずして、物言わずして、相手に喜びを与えることが出来たのであるのだから。

見栄を張ることほど、恥ずかしいものは無い、嘘を吐くほど愚かなことはない、どうせ、あなたの人生など、ひと呼吸する間もないほど短いのだから。

人は、奇跡を持って神に願う者が多い、しかし、神は、あなたの誉れとなるための願い事には、聞くことが出来ない。聞かないのではなく、神には、己のために祈る者の心を、理解が出来ないのです。

いつも神として私が話す通り、願いは、人のために行う行為であり、決して自分のために願ってはいけない。

 

犠牲を払う事がゲームに勝つこと

ゲームに勝つことを、ご相談者様はまったく願ってはいない、そのような思惑で畏れるはずの相手に、溺れさせても良いのかと聞かれている。

勝利とは、当然、誰よりも他者に生きたものに与えられるもので在り、それを享受するということは、神の七つの掟を守ったという事になります。

戦う時に、死を恐れるという戦いは、正常な戦いであり、死を畏れぬ戦いがあるとすれば、殺すことを畏れることも無く、戦いを司るものでもない。

戦果として、何かを得るのであれば、謹んでお受けされなさい。戦果として、何かを失うのなら、惜しみなく差し出しなさい。

但し、間違っても戦いを、殺略の者と読み解いてはならない。私があなたに教えられる戦いとは、あなたの中で、前に進めぬ己との戦いの事であり、他者を傷つけるような、幼稚な戦いではない。

いついかなる時にも、他者が喜ぶのであれば、いかなる侮蔑をも受け入れ、それで、何もせずに、他者を幸福と笑顔にさせられていることに、己を褒めてあげなさい。

犠牲を払う事がゲームに勝つことである。ゲームに勝ちなさい。ここへ来た全ての者は。

 

 

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)