成長と神:第六百三十五章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

成長と神

 

成長と神

あなた方が、考え方を変えながら進むことは、あなた方の成長によるものであり、良いことなのです。それは誤った固定観念を羽化するようなものであり、間違った考えはいつでも変えていく勇気がなくてはならない。

考えを改める時に、俗人が現れ甘い言葉をささやいて、あなた方を導こうとすることもあるが、よく考えてご覧なさい、その甘い言葉に陥っていけば、甘い言葉で俗人とされることになるのです。

すれば、物事を主観的に見ず、より多くの中から抽出してみることに重きを置いて、考え方も成長し、甘い言葉に乗ることも無くなるのです。

成長しても、時に考証することで、より成長が出来るのです。古にも、またその古があり、成長を繰り返している。

学びと智慧は同じようで全くもって違う。学びは肉体を心の動きに同期させているが、智慧は、肉体にも心にも役に立つことは無く、ただ頭の中でたまっているだけであり、それを披露する場所を探したり、相手を論破したりと、智慧を無駄に使う、それは、時を無駄に使うことと等しい、そして、それを知る者から見たときには嘲笑される。

学びは善行を頭で考える前に、道を歩く者にしか持つことが出来ないことから、その者は犀利な洞察力で瞬時に体に命令をするが、智慧は私欲ありきで頭で考えたうえで物事に携わるが故に、何時も何もできない愚か者である。

それ故に、智慧者は悟っているかのように超然として歩くが、他者の役に立つことは出来ない。

 

成長と道理

物事の本質を諦観することも必要とせずに、諦念となり、道理を悟る心によって、道理を歩く足元は軽やかであり、険しい道も休むことなく歩くことが出来る。

成長の先に自由があるのではない、あなた方が自由を求めて成長するというのなら、そこには新しい束縛が生まれることになるだけなのです。

それ故に、胸の中の神の言葉を聞き歩き進む者には、あなた方が求めなくても、あなたの想像を絶する思いのままの自由を、道を歩いた全ての者に与えられることになる。

成長の恐ろしさは、野生の牛では食べられないようなご馳走でもてなされ、背中をブラシで梳かし掻いてもらい、可愛い可愛いと頭を撫でられても、寿命の二十年ではなく二年で殺され食べられていく。可愛いの言葉が、美味しいの意味であれば、何と悍ましいことか。

俗人も同じで、成長すればするほど、煩わしさ尽きぬ悩みに奔走されて、横を見ては追い越されまいと、前を見ては引き離されまいと、後ろを見ては、追い越しそうな者の前を塞いでは、生きて行こうとする。何と悍ましいことか。

 

成長は神となる

思想は成長とともに変わっていくことで、人間形成でいう成人までのことでは無く、思弁のように純粋であることを前提とし、言葉ではなく論理的思考だけで物事を見ること、そしてそれは理路整然と一貫していて間違ってもいないが、それは僅かである。

成長を己の理論の元で知恵を絞り語る者の話は、常に仮託しており、意を借りて己だけが信じる話を、己の話として話すので、誰も成長させることは無い。

俗人は成長を求めるが、その成長は万物に帰順することへの抵抗ともなり、いつの日にか必ず崩れ落ち頽落となる。

あなた方は、原理に支配され、成長とともに秩序を持つことになるが、全ての人間が、同じ原理の下で、同じ秩序を持つことは無く、ある原理に支配される者は、神の名の下に、原理に従わないと言っては、原理に従わない者を殺を以て秩序とする。

突発的に人を殺す者は、殺した瞬間に逃げ惑うが、冷徹に策を練って殺す者は、それが神への捧げものだと信じている。これらは誰かが誤った理念を植え付けたが故であり、神は、殺は受け入れるが、誤りは正すように成長することを見ている。

 

神となる成長

この世に生を受けることは已む無し、それは前世までの罪の償いを己が望んだからであり、そのために、大木の神の子として、成長し神となるのです。そうすれば死を迎えたとしても、悲しむことなど一切として無い。

だから、あなた方は選択を捨てて、他者を鼓吹することを頭で考えることなくできる者となり、志望することを神となることとすれば、残り少ないこの世の生で、他者を助けて歩くことに喜びが生まれる。

成長は衆望で在り、周りの者から慕われることになる。慕われると言っても、それを知る由もなく、かといって誰からも慕われないことに、気に留めることも無い。これが成長である。

あなた方の中には、それぞれ違えども、何かにとらわれている者もいる。それは無心になることが出来ず、それ故に全ての禍も享受することが出来ないからに他ならない。

無心になる方法は、何度も伝えているように四六時中頭の中で、神の七つの掟を読み上げながら、親切にできるチャンスを見逃すものかと、日々生きることで、己自身にいらぬことを考える暇を与えないのです。

かといって、くつろぎ休む偃息も必要であり、その時には、己の行なえることがもっとないものだろうかと、楽しみながら思うことである。

 

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない ヴィーガン

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の言葉:これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

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