神の掟と質:第五百十九章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

神の掟と質

 

聖人は他者のために生きる

神の七つの掟を行う事、行った後、あなたを神は常に称えている。壱蟬潔飢な高潔で己が困窮しようとも神の七つの掟を守る、だから、人への親切なる行為は、容易い行為ではあるが、神にとっては、その全てに目を向けては称えている。

常に神に見て頂きたいのなら、神の七つの掟を行う事で、神はいつもいつの時でも、あなたを見て、喜ばれている。

あなたにとって毎日がとても単純で退屈であることに癖癖とすこともあることでしょう。これは、神の七つの掟を行わなかった日などにも起こります。

真の己の中にいる神の言葉を聞けた時や、その他の神と出会った時には鮮烈な感動が、あなたをその渦に巻きこむこでしょう。もう退屈などしていることは無い。

生きることへの意味とは何だろうと今もなお、神の七つの掟を行わない者がいる、生きたいと望む未練と煩悩があるからで在り、それから縁を切らなければ、神の七つの掟は始められない。

 

政治

衆愚政治が蔓延するのは、政治家のせいではなく、愚かな大衆が私欲を求めて邁進するからである。

当然、そのようなことが起きないようにするのが政治の力ではあるが、政治が大衆を疲弊させるのであれば、一旦はそれを持ち帰り、智慧を出し合い、違うことについては違うということを、訴えればよいだけである。

しかし、そのような中に入ることは決して良いことではない、かといってその者たちの中で、体調の悪いものや、群衆の中で怪我をする者たちを、助けることは、神の七つの掟の一つとなる。

けれど、あなた方は、その中に入ってはならない、政治が悪く、大衆は私利私欲に生きようとも、あなたには何もすることが出来ない。止めようものならなら、反逆者としてレッテルが張られて、彼らの怪我などを治してあげたくても、近寄ることすら許されなくなる。それでも、困っている人怪我をする人を助けなさい。

だからと言って、絶対にそのような運動を行う者なってはならない。俗世の中の一つの出来事にしか、過ぎないのだから、あなたはいつも通り困っている人を見つけて、助けながら前へと歩き進みなさい。

 

智的

智的な要求を満たしなさい。すると生きることは、その長さや、欲望ではなく、質、だということが分かる。

質は、磨けば必ず輝き始める、日々の行いによってのみ質は磨かれる。あなたの行いによって、質と言う玉を磨きなさい。その輝きが眩しくなるころには、あなたは善行を行ってきたことを知る。

幸福と言う地点に、直地することが出来るのは、どれだけ球を磨いたかによる。そこには、数はもちろん大切だが、それにプラスして質も必要とされる。

良い意味での、汲汲とした他を顧みず、一つの事に一心に犠牲を払うことです。そんなに不安になったり悩んだりすることは無い。

あなたの人生の黄昏の時を迎えるまでに、他者のために生きることです。そうすること以外には、あなたには半信半疑であったとしても、あなたが選択をする。

中には、死んだら遺産の全てを寄付するという愚か者もいる。生きている間は金の亡者で在り、極僅かな寄付なしかしないのに、死んだら全財産を寄付しても、何の役にも立たない、何にも心の魂を磨いたことにはならない。

あなたが他者のために生きなかったのなら、あなたが決めた地獄に肉体と言う悪さをするものが無くなり、善の塊の魂になったあなたは、善しか持ち合わせてはいないので、己から地獄へ行くことを願い、地獄へと行く。

 

神の道と聖人

猜疑心は、誰もが持ち併せているものであり、時には有効でもある。

ある時、聖人と呼ばれる者が街に来た。街の者たちは噂には聞いていたが、聖人のことを疑う者も沢山いた。いや、心のどこかでは全ての者が疑っていた。

但し、聖人へのおもてなしは、精一杯行って、その日の夕方には、普段誰も食べることが出来ないほどの、ご馳走を聖人のテーブルに並べた。

その時、その村の主が現れ、膝をついて、あなた様にお越しいただき大変光栄です。と挨拶を長々としていた。

聖人は、主に聞いてみた。あなた方は、このようなご馳走を普段から食べているのですか、主は、今日はあなた様をお迎えするにあたり、最高の料理を出させていただいており、私たちの普段の料理とは違います。

聖人は、ここで働く者で、一番貧しい者から順番に十名の者を呼んでください。それ聞いた主は、すぐに言われたとおり十名を呼んだ。

仰せの通り呼びました、この者たちに何をさせればよいのでしょう。この食卓の周りに、十個の椅子を並べて下さい。

そして聖人は、十名を椅子に座らせると、これは皆さんの汗と言う労力も含まれている食べ物です。私は何もしていないので、食べる権利がありません。これは、あなた方が食べなさい。自らの労力へのお返しだと思えばよいのです。

誰も、手が動けないように目の前のご馳走を目を輝かせてみているだけであった。聖人は主よ、私から言っても、食べにくそうなので、あなたから彼らに、今まで働いてきた手当だと思って、食べるように伝えてください。

主がそのように話すと、皆が一斉に食べ始めた、聖人は、普通の家庭でも、今は食事の時間だろう、ごく一般的よりも少し貧しい家庭に私をつれて行って下さい。

 

聖人と輝く石

そして、聖人は貧しい家へと行き、貧しい人たちが、少ない食べ物の中から、聖人の前に食べ物が入った器を渡した。

聖人は、では遠慮なくいただきます。と言って住人達と旅の話をしながら、食事を頂いた、食事のお礼にと聖人は懐から石を取り出した。住人たちは、その石を見て、住人の長がきれいに丸くなっていますねと、話した。

これは、ただの石ではない、それに最初からこのように丸くなっていたわけでもない。善行を行うたびに丸くなっていく不思議な石と呼んでおきましょう。

あなた方が、これからは今までの不合理から道理を知り、他の者を助けてあげるたびに、この石は、輝き始める。

輝き始めた石は、あなた方が毎日欠かすことなく、他者を助け、見苦しい煩悩を捨てながら、最後まで生きることが出来れば、この石は光輝き、何時か天国へ連れ行ってくれる。

それから五年が過ぎたころ、その家の長老が病に倒れた、長老は私たちは聖人と出会い、聖人の言われたとおり、他者の為にと生きてきた。今私は死ぬのだろう。でも、とても気持ちが良い。くだらない欲を持たなくなってから、心が本当に楽になった。みんなも聖人の教えをこれからも守って生きていきなさい。私は天国で待っています。

濫りに時間を使ってはならない、この者たちのように最低限の生活が自分でできているのなら、そこから望むことは、他者への奉仕などであり、それが神の七つの掟なのです。

それを行う事で、心が安らかになり、誰とも敵対することも無く、政治に加担することも必要とせず。あなたが拾った石ころが、何時か最高に輝く時に、己の生きている間に行った他者への行為を褒めて、目を閉じることが出来る。

 

 

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない ヴィーガン

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)