忠をもって生きる:第五百七十六章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

忠をもって生きる

 

道を歩く

今回は下記のお手紙を頂きました。
—————–
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
化身様にお聞きしたいことがあります。善行を探しに高い交通費を支払って都会に行くことは間違っていますか?無理に声をかけて嫌がられ、人に迷惑をかけています。どこに行ったら善行をさせていただける人に出会えるのかがわかりません。この正月休みやみくもにそこらじゅうを歩き回ればいいのでしょうか? そもそも田舎者の私は対象外だったのかもとは思いますが、でも人の役にたてることは幸せなことだから、幸せを見つけたいのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
—————-

お手紙ありがとう。

 

忠をもって空

あなたは、忠をもって生きているから、ここにいるのであり、忠を惜しげもなく投げ出す者となって、他者の為になりたいと、綿々と望んでいるのです。

今も、その努力は惜しむことなく出来る者となるために、人が多い場所には、人を助けるチャンスがあるのではと考えていることこそが、その証である。

しかし、己のどこかに、己を阻碍し、己の満足する忠に達することが出来ず、心を痛めては、忘却することもできず、眠りから覚めては己を責めている。

道を歩き他者を助ける方法はいくつもあり、人混みの中には、あなたの善行の為に、道に倒れて、あなたを待っている者もいるので、他者を助けに遠くまで足を運ぶことも、他者のためへの善行であり、罪の償いとなり、罪を一つ無くし、徳を一つ頂く。

ただ、道を歩くというのは、実際に歩くという意味もあれば、その中には、そこに動かずしても、行える善行は、尽きぬほどに如何許りとあるのです。

あなたが、あなたに、時間を与えることができた時には、善行を行うために、雑踏の中へと向かって行くことも、大変良いことです。

ただ、肢体不自由な者が、遠くへと行くことが出来ないのと同じで、遠くへ行き雑踏の中に身を投げ入れなければ、善行が行えないわけではないことを覚えておきなさい。

 

雑踏の中での絵

雑踏の中で、困っていると思われる者に、あなたが声をかけ、相手がどのようなことを返して来ようとも、善行は行われたことになるのです。

何度も言うが、声をかけたかどうかが大切であり、実際には、助けさせてください、の言葉に相手が助けを求めて頂けるのなら助けるのです。

しかし、相手が、助けを求めず、嫌な顔をしたり、断ってきた場合でも、気にすることなく、善行が一つ行われたこととなり、罪が一つ消え、償いを一つ終わらせた事となるのです。

但し、過去章でも話してきているように、あなた方が逆に、道に倒れた時に、誰かが、助けさせてください、と声をかけて来たならば、決して断らず、声をかけて来た相手の善行を無碍にすることなく、相手の奉仕に報いて差し上げるのです。

 

俗世を彷徨う

神の七つ掟を全て行うことが出来る環境にいる者は幸せであるが、全て行えるが故に、行わない者は、愚者であり、俗世を彷徨う。

それぞれの環境によって、全てを行うことが不可能な場合でも、神の七つの掟の淵源である「騙さない、悲しませない、心を傷つけない」を礎として、己の環境にとって、大海を手で塞ぐが如く、不可能である神の七つの掟を行わずとも、阿呆となれば、その中からできることを行えばよいのです。

然るに、対象外、と言うような者は、ここに呼ばれてはいないのであるから、阿呆となればできることを、行えばよいのです。

「騙さない、悲しませない、心を傷つけない」は、他者に対してでもあり、己に対してでもあり、己の中の己という神に対してでもあることを忘れてはならない。

 

尖った己と森

あなた方は、尖った己がいて、善行が出来ないと嘆くのではなく、手の甲に、いつも笑顔、と書いては、尖った己が出てきたときには見てみることです。

あやうさの中に漂うが故に、他者の為に生きたいと願う心が、聖人の如くあることから、己を責めてしまう者が多くいる。

己を責めても、時を無駄に過ごすだけであるから、時間をこれ以上は無駄に使わないため、一度、善行などは全て忘れ、耽溺となり俗世に浸って、飽きるまで気儘放題と思うがままに、やりたいことを行い、阿呆となって戻ってくればよいのです。

そして、俗世の戯れに満足したなら、残りの人生に己の全てを投げ出すように、善行の右の道を歩くのです。

一つの善行を行うのに、努力や賢しらが必要とする己がいるというのなら、それは未だ智慧者であって、阿呆になれていないからであり、泡沫夢幻と泡のように消えてしまう短い人生で、罪の償いを終わらすことが出来ず、棺の蓋を閉じてしまうことになることを忘れてはならない。

輪廻転生時に、大木の神に、あなたが河山帯礪と硬く誓ったことを忘れず、右の道を歩き、天の門を潜り、さらに右の道をほんの少し進んだところで、大木の神は、辛い人生の中で罪の償いを行って来たあなたのことを知るが故に、頷きながら、あなたを強くハグするのです。

 

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

投稿日: