神と語り部:第四百五十七章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

神と語り部

 

神と語り部と神が手を貸す

あなたが助けを欲しいときに、誰かに頼ることもあるでしょう。それがもし、神だとしたら、あなたを神は助けない。あなたは、助けて欲しいと思う前に自分で解決するための努力を惜しんでいたり、努力しても無理だと諦めているからです。

神は諦めた者に、力を貸すことが出来ない。あなたを助けたくても、そこにあなたの努力が無ければ、神は助けられない。

あなたが苦しむのと同じように、手を貸すことが出来ない、神も苦しんでいることを、ここで知っていただきたい。

あなたが雲なら、風が吹いてくれなければ、靡くこともできない。雲は風を待とうとはしない、自らの力で風を起こそうとする。その時に、神は雲に向かって風を起こす。

あなたも、同じように、自らの力で今の困難から立ち上がろうと動かなければ、そこに、あなたを押す神の入る隙間は無い。

 

神と能書き

あなたの生きてきた中では、この方法が正しいと説く方々も多くいたことでしょう。しかし、ここに来た限りは、旧套墨守の古い教えを正しいと認めることなく、よくしたためて、その判断を行わなくてはならない。

例えば、一つのわかりやすい例でいうのなら、魚を食べることの正しさを説いてきた者が多くいるが、さて、その者たちが、魚を食べて、食べない者より健康だったり、無意味な長生きをして喜んでいるのでしょうか、今どのようにしているのでしょう。

頑迷固陋というように、物事の教えの正しさを、見極めることもなく、狭い視野の中で、それが正しいと声を上げている者の、能書きを沢山聞いてみなさい。

能書きを聞いたなら、今を生きるあなた方には、古い時代とは違い、調べる方法はいくらでもある。

物事を、語り部の如くうまく話すものの言うことだけを信じるのではなく、今、この世に輪廻転生をしてきた限りにおいては、調べることのチャンスが、沢山落ちている。

但し、過っても、落ちている知識を拾い集めて、舌が伸びるような愚かな語り部となってはならない。

そんな者になってしまったら、最初に話したことは、どこに行くのだろう。それこそ、呉下の阿蒙と言われて、御託を並べるだけの、古きの過ちを語る、くだらない者となる。

 

今を生きる語り部

今を生きている者には、沢山の正しい情報も入るが、同じように、沢山の誤った情報も入る。そんな時に、どちらが正しいのかを、よく見極めることです。これは、非常に難しいことであり、しかし、古きに生きた人々には、選択肢も与えられなかったことを思えば、いかに己にチャンスがあるか、古き間違い人にも、手を合わせ感謝することです。

教うるは学びの半ばというように、やっと、あなたが正しき道を知ったとしても、それを他者に教えることは、絶対的に行うべきことである。

されど、あなたの教えには、必ず尾びれが付いてくる。それゆえに、皆に話していることが、すべて正しいのかどうか、あなたが教える前に、誰もいない場所で、声にして、話して、己で聞いてみることです。

人に教えることは重要なことであるけれど、確信が持てるまで、下手な尾びれをつけないため、己で、己の話を聞いてみなさい。

あなたは己が、度量の狭い小人者と思っているかもしれない、けれど、あなたが学び、正しいことを、他者に伝えないならば、それを独り占めにするのなら、あなたは、小人者ではなく、ただの、欲深い者である。

愚か者の愚の骨頂のような、小人閑居して不全をなすなどという、さもしい者となってはいけない。

己の得た知識が、間違いではないことがわかれば、小銭を取らずして、皆に教えることこそ、生きている意味の一つとなる。

それを、今生で続けることが出来れば、言葉は悪いが、勿怪の幸いとして、いつも、あなたに恩を報いとして返すものが現れる。

その時に、その者に、では、一緒に正しい道を説いて歩きましょうと話しなさい。その者が、一人二人と増えていくことで、あなたは聖人となり、皆も同じ聖人となれる。

私だけが、偉い、賢い、物事を知っている。と、小出しにしては、人を釣るまねだけはしてはならない。

 

学ぶ

あなたの行いが、しっかりとあなたの中で、正しいことを悟ることが出来たとして、その時には、当然のこと、皆に教え聞かせねばならない。

しかし、その時にも、必ず、縁なき衆生は度し難しという者が現れる。あなたがどれだけ、正しい道を説いても、また、そちらに行くことはよくないと話しても、あなたの話を一切聞き入れない者もいる。

それでも、諦めてはいけない、その者を見送り、もし、そちらが間違った道であったならば、いつでも、ここへ戻ってきてください。と、お願いをして、見送ることを忘れてはならない。

この世が、穏やかで静かな時は無い、いつも目の前でも、騒ぎ事は起きて波紋を投じている。

それに気が付かないのではなく、見ないように、あなた方は、幼いころから習性されてきたので、見えないだけのことである。

でも、ここに来た限り、すべてに目を配り、学び、他者に伝え、教え、言葉ではなく、態度で見せなさい。

善行とは、いかに簡単なことであり、いかに他者を喜ばし、いかに己が喜ぶのかを、行動で示して、教えなさい。

言葉は、困っている他者にかけるためにあるだけで、他人に偉ぶるため、教えるためには、ほんの少しくらいの役にしかたたない。

どれだけ、あなたが良いことを語り部として、話したところで、その時の拍手は、あなたにであり、拍手した者が、あなたの説いた教えを行うことは無い。

 

 

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

神の言葉:これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)