道は入り組んでいる:第二百二十九章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

道は入り組んでいる

 

道が入り組んでいる

あなたの進む道は、ある意味入り組んでいる。進むべき道は分かっているのに、入り組んだ道のどこを通ればよいのかと悩む。

まずは右だと決めるけれど、腫物にでも触れるかのように、そっと右足を一歩踏み入れてみる。次の左足は、瀬を踏んで淵を渡るごとく、踏み入れてみる。

そのように進みながら、真っすぐな道に出る。後で気が付くことは、善行を行う者は、道が入り組んではいても、結局はこの真っすぐな道に辿り着くと。

善行を行わない者は、入り組んだ道のどちらかを選択し進んでも、また入り組んだ道に出会い、どちらかを選び進が、また入り組んだ道に出て、それを生涯繰り返す。

高慢な態度で人に接したり、指図する者は、弱い者で在り、賢者は、常に遜って相手を敬い、謙遜する。これもある意味入り組んでいるといえる。

神の七つの掟を行う時にも、虚心坦懐を忘れることなく、のぞむことです。あなたの行いをいろいろな見方や勝手な評価をする者たちがいる、しかし、ここまでは、ある意味において入り組んでいるが、あなたの行いは、必ず、称賛される日が来る。

たとえ称賛されたとしても、貴意を高くもってすましたりしてはならない。そのようなことを行う者は、いつか神の七つの掟を行っていたとしても、傲岸不遜となりおごり高ぶる者となる。

そんなことになれば、天国の右への道に行くことが出来なくなる。いつも遜り全ての人、悪人も多くいるが、遜っていなければ、あなたの神の七つの掟を見て、真似をしようとする者が、現れなくなる。

 

神に感謝すること

あなたが神への帰依を忘れず、他者のために生き続ければ、悪人達ですら、あなたの後をついて歩くようになる。これは、あなたが悪人に直接、親切にしなくても、あなたの行為を見て、心を入れ替えるからである。

大木の神から私が託された者たちは、杖に縋るとも人に縋ってはならない、これは、託された者は、足を痛めて前に進むのに杖を使っても良いが、簡単には他者に頼ってはならないという事です。奉仕を行うのか、芳志を受けるのか、これどちらも罪を一つ償い、徳を一つ得たこととなる。

いつも、あなたの心の中には薪水の労を持っていなければならない、他者に尽くす、他者につかえる、という事である。

尽すこと、使えることに感謝を忘れず、そのような場面に自分がいることにも感謝することです。

旗幟、旗印など立ててはならない、それは主義主張の表れである。己の行いは、己の中にいる、己の神と分かち合い、喜び合えれば良いことであり、行いについて主張したり議論などはしてはならない。

行動、行為のみで、人としての大切さを周りに伝えることに人生の短い時間を使うのです。神は、あなたの行為を見ている。周りの大衆たちも見ている。そして、いつか真似をする。

 

仏陀

神の七つの掟を行うのに砂上の楼閣であってはならない、これは以前にも話しているが、思いやりというものを礎に、その上に神の七つの掟を行うのです。

または、真理や道理を礎に、その上に神の七つの掟を行うのです。そうすれば、砂上の楼閣のように、礎とならない砂の上に立つ楼閣のように崩れていくことはない、しっかりと礎の上に立てば、他者への大切な、大きな優しい心で、他者を助けられるのです。

あなたが、生きる上で、過ちを犯すこともあるだろう、しかし、その時こそ、それをすぐに謝罪して改めることである。これが出来ていれば、過ちを犯したとしても許される。人を誤って殺しても同じで、過ちては改むるに憚る事勿れである。

今日の話は、全て入り組んでいるものを伝えている。ここまで読んでみて、私が伝えている本質は一つであることが分かったであろうか。

全ては神の七つの掟に起因することであるが、そこには隗より始めなさいと話していることが、わかっただろうか。

ようするに、遠くまで足を運ばなくとも足元にもあり、そこから始めて遠くまで行くこともあるという事、そして、何よりも自分で神の七つの掟を話すのならば、まずは自分が、神の七つの掟を行っていなければならないという事です。

凡夫も悟れば仏という言葉があります、これは、仏陀も初めから悟りを開いたのではなく、普通の人間と同じで煩悩に苦しみ、欲望に苦しみ、しかし、修行を行ったからこそ、悟りを開いたという事です。

修業とは、神の七つの掟と同じ事です。悟りを開いたからと言って、それでよいのではありません。そこから、それを継続することこそが、真理を掴み、天国に行き神となるのです。

あなたは、何か躓いたりするものに出会ったり、時間が無いといっては、物事を後まわしにすることがある、何かが起きた時には、その時のうちに、その日のうちに、やらなければ、明日には、もっと大変になることが、この世には多くある。そこからして、明日でも同じであっても、今日のうちに解決しておくことです。

 

経典仏典寺院

昔、高慢な大僧都がいた。弟子たちにろくに説法も教えず、教義も説き聞かせない。それなのに、弟子たちには朝から晩まで、自分の言いなりに動かしていた。

ある弟子が、権大僧正のもとへ直接現状を話しに行った「権大僧正様、私達ここにいる者は、教義を学びたいのです。大僧都様に、私たち弟子の者に説法や教義を説いていただけるように、お願いできないでしょうか」

それを聞いた権大僧正は、我が弟子よ。説法や教義はいつでも学べるであろう。その為の経典仏典もあるだろう。それを読み学べばよいだけである。

しかし、もっと大切なことは、大僧都につかえながら、空いている時間に街へ出て、困っている人を探して、助けてきなさい。それが、教義説法の神髄である。

それが出来れば、不平不満はお前の中から消えることになる、そうすれば同時に大僧都も、お前たちを見直し、己の行いに気が付くことになる。

人に気づきを与える者は、その人の何倍も良いことを行う事で、その者の耳に良いうわさが聞こえてきたり、目にすることになったりする。

そして、大僧都が気付いた時には、お前たちは出藍の誉れ、師より弟子が優れた人となっているかもしれない。

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

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