偽の聖人:第二百九十九章

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偽の聖人

 

偽の聖人

一人の男が坂道の途中に立っていた。彼はなぜここに立っているのだろうと考えたが、答えにはたどり着けない。

彼は考えた、下に降りようか、登ろうか、下に降りることには躊躇した。それは、下に何があるのかが見えない、厚い雲に覆われているからなのです。

彼は上に上ろうと考えたが、坂道はどこまでも続いていて、あまりにも果てしなく、登り切れるのか、いくら歩いてもこの坂はどこまでも続き、終わりがないのではないか。

しかし、どちらにも行かなければ、この道にいるのはどうやら自分一人だけのようなので、腹も減り眠気もおそい、家にも帰れない。

彼が坂道の途中で悩んでいるときに、聖人のような者が現れ、彼に下に行くと楽園があるぞと教え、彼はそれを真に受けたために下を目指すことにした。

彼の目の前に現れたのは、偽の聖人であった。

そしてあとは躊躇することなく下へ下へと降りていき、厚い雲で何も見えなくても進んだ。彼は思った、下を選んで正解だったろうと。

下を選んだおかげで、軽やかに滑るように進めたから、もし、上を選んでいたら、足はいたくなり、途中で嫌になり、結局は下へ降りていただろう。下へ向かった彼は、雲の下へ出たときに、街の明かりを見て、良かったと思った。

 

 

神と聖人

彼は、天地を司る坂の意味を知らずにいた、そして、努力すれば努力に対して力が付くことも忘れていた。

彼は、なぜ坂道の途中にいた時の事を、考えられなかったのか。それは、俗世での楽しみが忘れられず、また、神の道へと進む七つの掟を継続することと、頭の中で戦い、完全に頭がマヒしていたからです。

残念なことですが、途中まで来た自分の道徳をみて、自分がここまでこれた、人への仁を忘れたからでなのです。

途中まで来るのに自分がどれだけの人へ、愛を持ち、慈しみを持ち、思いやりを持ち、だからここまでこれたのだという事は、彼にはわかっていたはずなのに。師に出会い仁を学び、そこで学んだことをやってきたのに、残念にも楽な道を選んでしまった。

彼は、また俗世の楽しい生活に戻ってしまった。そこには支配者がいて、作為しては金品を巻き上げ、己の財を増やしていた。

しかし、増やしすぎると必ず財に己の首を絞められる日が来る。彼は、このような者が暗躍する世界に逆戻りしてしまったが、少し、首をかしげる思いに駆られるようになる。

 

 

俗世と神と聖人

最初に出会った師のおかげで、自分は修業を積んでいるのに、次にであった聖人は、こちらの世界を勧められた。さて、どちらが正しいのか、どちらに着いていけばよいのか。首鼠両端に悩んでいた。

彼は、俗世が大好きだった、できれば俗世で遊び惚けられていれば何よりだった。でも、最初の師も俗世にいなさいといわれ、俗世で異端児と言われようとも、他者を助け、他者に思いやりを持ち、生きることこそが、あなたが「償い」のために、この世界に降りてきた理由なのだから、と言われた。

聖人のような方は、降りていけば楽園があると言われて、実際に楽園があった。どちらが正しいのか、と考えるのも当たり前のことで升を以て石を量るというように、彼の力では、そう簡単には聖人か聖人でないかや、神か神ではないかなど、わかるはずもない。

彼は、考えた末に、努力しない者が報われることはない、という言葉を思い出し、神の言うことを聞くことにした。

彼は、一から神の七つの掟を行いはじめた。そして、気が付けば坂道の途中、自分が降りてしまった場所に来ていた。そして、そこにはまた聖人の様な物がたっていた。彼は偽の聖人であることが分かった。

彼は、聖人の言うことを黙って聞き、ありがとうございます。本当に勉強になりました。しかし、今回は登ることにします。と言って登って行った。

 

 

波打ち際で偽の聖人に勝ったことを喜ぶ

人の心には抑えられない弊習があるものです。しかし、このような悪気習慣を取り除くことができない者は、胸の中の壺に蓋を閉めて、二度と開かないように入れておくことが大切です。

酒などを飲むと楽しくなり擾乱となり、秩序すら構わなくなる。しかし、彼はそれらにも勝った。

偉観を見るには、誰もが知るように登らなければならない。そのためには、コツコツと努力する必要がある、人を助け、自分の欲を捨て、捨てられぬ者は体の中にある壺に閉じ込めて神の七つの掟を行わなければならない。

淒悲が汀渚を連れてくるという言葉がありますが、計りしれぬ悲しみに涙を流す時には、波打ち際で泣きなさいと読み取ることが正しい。波打ち際で泣いていれば、そこを通る人にも、水遊びをしていると思われ、神になるあなたが涙する姿を見せることが無いからです。

人は、悲喜苦をもっています。悲しみ、喜び、苦しみ、これは、決して悪いものではないので、持っていてよいものです。しかし、中央にある喜びこそが、他者のために生きることを示すものです。

人は、欲望も持っています。しかし、これだけは捨てるか、壺の中にしまわなければなりません。

何もないことだけれど、全身全霊で人を助けない者は、なぜ中途半端にしているのかと聞くと、柄の無い所に柄をすげるという言葉に当てはまる答えを返してくる、それは、無理に理屈や言い訳をする嘘つきのことを言う意味の言葉ですが、まさにその通りでしょう。全身全霊で人を助けない者は、何をとっても屁理屈ばかりです。

あなた方の世界には、運や不運はない、あるものは、まぐれ、だけです。あなた方の世界では、何か良いことがあると「運がいいな」と言い、悪いことがあると「不運だった」というけれど。そんなものは存在しない。

今日、私とあなた方が、出会ったのも運ではない。大木の神が私に託されたからです。だから、私も一生懸命に説いているのです。

天国にも、運や不運はない。この世のことは、忘却し喪失し、光に包まれた世界があなたが来るを待っているだけです。

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)