聖地巡礼の旅:第五百九十五章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

聖地巡礼の旅

 

聖地巡礼の旅と旅人

あなたが、神を信じるのであれば、巡礼の旅に出る必要はない。聖地を参拝してまわることも無く、神を信じ、善行を行うのならば、あなたが神の発祥の聖地となっているのです。

神聖の如く、あなた自身が尊い価値を持っているのであり、巡礼などを行う無駄な時間を過ごしてはならない。

巡礼は、一時は心を震わせることになるが、月日が経ってから己を見つめてみなさい、巡礼の前と何も変わっていない、善行を行わない者に戻っていることでしょう。

縁なき衆生は度し難しといわれ、聖人がいかに素晴らしい善行を行う話を説き、今の、あなたを救おうと話していても、耳目を塞ぐ限り、あなたには、どれだけ話そうとも、教え倣わすことはできない。

これからは、耳目を開き研ぎ澄まし、受け入れなさい。受け入れてから、吟味すれば良いのであり、受け入れずして、容貌で判断してはならない。

あなたの行動が、あなたの言うことと乖離していては、いつまでたっても善行を行い歩くことが、己の目的であることに気付くことは無い。

 

悪い心で道を歩く

悪貨は良貨を駆逐するというように、俗世にいる俗人たちが蔓延る限り、神の七つの掟を行為として行う者たちは、俗人から目をつけられ、羽交い絞めにされ、口から俗世の甘い蜜を飲まされ、俗人の仲間に連れ込もうとされる。

しかし、俗人の行為をも許し、甘い蜜を飲んでも、その効力が効かないほどの阿呆となっていれば、俗人になることは無く、俗人は、阿呆に対して賢しらな知識を用いても、役に立たないことを知ると、阿呆を捉えても利益が無いことを悟り、あなたを捉えることを、ばかばかしく思い、あなたを捕まえることを止める。

阿呆になることが難しいと、虚空を掴む如く、天に合わせた手を高々と上げるのならば、そこにあるものは、凄愴と言う痛ましく悲しむ思いに包まれる己がいる、だから、阿呆になることが出来るように、常に己を見張っていなさい。

己が、智慧をもって何かを成そうとしようとしたならば、そうはさせじと、ここは阿呆になるんだと、己に言い聞かせて生きて行けば、そう遠くない日に、阿呆となることが出来る。

 

国王とお城

古に優れた統治を行う王がいた。

王は、常に冷静であり、冷静でいることの大切さを己に言い聞かせて、民にも、冷静でいることを説いた。

王の国の民は、王のことを尊んでおり、王の行う政治が常に平等であり、平等が故に、誰もが頸木を争うようなことを好まず、穏やかに暮らすことが出来ていた。

王は口癖のように、道理に背かず正しい道を歩くのならば、どんなに揺れ動く道を歩いても、真理の道から堕ちることは無く、道は天国へ続くと話していた。

道理に背かぬ者は、不首尾に終わることは無く、かといって成功と言う言葉に目が眩むことも無いが故に、上首尾と物事が善いこと、善い行いが行え、功を奏する者となるのです。

王は耳目を塞ぐことは無く、下意上達と皆の者の意見や気持ちを受け取り、民のための政治を行っていたため、いつしか民は王のお城の壁に触れることで、神慮を頂こうと、お城への巡礼の旅へ出る者たちが増えて行った。

王は、巡礼の旅に対して、行ってはならないと告げた。王は、巡礼の旅で得るものは何もなく、何かの事情や体が不自由な者が巡礼の旅を行えないのならば、旅に出る者と、旅に出ない者の間で、不平等が生まれることになることを説いた。

王は、民の者達へ、これからは私が、国中をまわり、すべての者に触れられるようにしよう、そうすれば、皆の言葉を今まで以上に聞くことが出来、それによって民のための政治が行えると話した。

そして王の国は長く栄えた。

 

神を信じる手

神を信じる者たちは、神の御心に近づきたい、神の思し召しにかなう者となりたいと願いながら、今を歩き進んでいる。

神を信じる者は、神が何もしてくれない、神が助けてくれない、などとは考えても、考えている己の愚かさに気が付き、神に許しを乞う。

神を信じる者は、肉体が亡びれば、天国に行き、神と会えると信じているが、あなたが、あなた自身、今からでも遅くはないので、この世で見知らぬ困り人の為に、手を貸し、肩を貸し、道を歩き行為を行わない限り、大木の神が待つ、天国へ行くことは無い。

あなたが今のままで、疎略な生きる道を歩くのならば、棺に入り、天に行き、三人の裁判官の前で、己を己で審判するその時、己で出した結果は、己で地獄へ行くことを裁判官に告げて、左の地獄へと堕ちて行く。

あなた方は、窮愁から学ぶことは何もない、己を己で辛苦へと追い込み、苦しみ悲しむのであれば、それだけで儚い人生の時間が終わりの時を迎え、時計の針を止めることになる。

窮愁から学ばず、あなたは欣喜雀躍と喜ぶ笑顔で、あなたの胸の中にいる、あなたと言う神を喜ばせるため、そして、あなたが天国へと右の道を歩き進める旅を、そろそろ始めても良いのではないだろうか。あなたの時間は無いのだから。

聖地は、あなたの胸の中にあり、神が、あなたの胸の中にいるのだから、聖地巡拝を行い、恩寵にあずかろうと、旅をする必要などないのです。

 

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身