神と自由:第五百二十四章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

神と自由

 

神と自由

俗世には在野があり、在野について考えたことがあるだろうか、そこには自由は無い、これは訳するよりも単純な考え方では、ある意味において反対にいるということです。しかし、決して反対の相手も自分も、悪いと言い切れることでもありません。

しかし、ある意味においては、尊ばれ、ある意味においては、唯の反対者ということにもなります。

俗世においては仕方ないことですが、この両者の存在は正しいことであり、間違いではありません。人それぞれに意見が違うのですから、どちらかに委ねるしかない。どちらにも委ねられない独裁者がいるよりは、遥かに良いことでしょう。

でも、同じ在野の人を百人集めて、十個の問題について賛成反対を尋ねて、百人がそろうことは無い。しかし、賛成が多いものに決定づけられていく、俗世ではこれは悪いことではありません。

あなた方は、このようなことから、折れるということを学んでいただきたい。自分の意見の正しさは、何時か認められても、今は認められない。それで、他者の人々、多くの人々が、幸福だと思うのなら、そこで身を引く優しさを持ち併せなくてはいけない。

 

神と自由と間違い

今日あなたにとって、絶対的あなたの思考が言う、あなたの大切なことを、周りの者が受け入れなければ、笑顔で壇上から降りなさいと。

今日のあなたの大切なことは、多数の者に受け入れられなかったとしても、神は見ています。そして、それが正しければ、これからも何度も壇上に立ち、訴えることを私も見ています。

他者の為になること、他者を幸せにすること、それが、あなたの言う言葉だとすれば、賛成反対の数の論理で、終わらせてはなりません。

他者の幸福のためになることなら、誰も聞いていなくても、それを説き続けなさい。それを説くのを止めたときに、あなたは私とは違う、神とは違う人となってしまうのです。

正しい方法で、説き続けなさい。人を傷つけず、悲しませることも無く、あなたの正しい言葉を、説き続けなさい。私は、いつも聞いているのだから。

矛盾は沢山あり不平不満も同じようにあり、そこを正そうとしたときにも、意見の食い違いもあります。

俗世の悪欲に対して、あなたは公憤の念を持つことでしょう。それが正しい考えであるのだから、誰もついて来なくても、挫けることなく進むことで、何時か、必ず時が来れば、あなたの行いに、人々は耳を傾けるのです。

投げ出してはいけません。時に憤りを感じて滅入ることもあるでしょう。でもね、それが、善行への道だと考えれば、止めることは良いことでは無いでしょう。

善行のために己の人生のすべてを捧げる者だけを、大木の神は見ているのです。私が、神として、神の化身として、今あなたの前でこの話を読んでいただいているのも、あなたに善行を今日からでもよいので行っていただきたいからです。

あなたの時計が止まる最後の日まで行っていただき、大木の神が待つ天国へ来て、同じ神となっていただきたいからです。

 

神と自由とお金

万が一、あなたの言葉が間違っていた時には、すぐに謝罪をしなさい。そして、自分が愚かなのだと伝えなさい。

非を認める時に大切なことは、自分が愚かであったこと、そして、今の立場から、ここにいる人々の賛成反対の人数によって、愚かな自分を許さないという方が多ければ、私は、ここから退きます。

この様に常に、自分の正しさを訴える時には、万が一にもそれが誤りだったならば、潔く、自分が必要か不必要かを問い、不必要が多ければ、そこから退く覚悟がない者なら、他者の幸福を説く賢者ではないのだから、最初から黙して起きなさい。

俗世に生きる者の多くは、自由を知らない。それは、これが正しいと叫ぶ者が、あまりにも少数で、正しいことを伝えるために、彼らもまた過ちを起こし、多少の誇張は許されるだろうと、せっかくの正論を水の泡とする。

自由とは、常に自分でいられること、これだけなのです。群れる者に自由は無い。数での勝利しか知らない。そして、一度城を建てると、そこから出ていけなくなる。自由だと思った勝利は、決して自由であるはずがない。

 

神と自由と神

俗世で、お金があれば多少の自由は買えると思っている者も多くいるが、お金では自由は買えない。

お金で自由が買えるという発想自体が、愚か者であるとしか言えない。自由とは、お金でも買えない。

では、常に自分でいられるという自由は、如何にすれば手に入るのか、それは非常に愉楽ともいえる。

充足とは十分に満ち足りることだけれど、自由とは違うようで似ている。それは、満足するということから、自由は始まるからです。

さて、あなたは満足しているだろうか、そう、十分に満足をしているはずでしょう。あなた方は、ここに来たのですから、どのような道でここに来ようとも、私が呼ばない者は、誰一人ここには来れない。

大木の神が選んだ者だけが、私の傍に来る。それ以外の人たちのことは、何時かチャンスが来るのかもしれない。でも、大木の神が、今回は、あなた方を選んで、天国へ来て神となる様にと、託されたのだから、あなた方が、この俗世で、不平や不満など持っていてどうする。

あなた方だけが、ある意味自由を知っているのだから、自由を知りたい人には教えて差し上げなさい。

自由とは、全ての物事に磊落であることのようなものです。名望を貶されたり、いじめられたからと言って、あなた方の持つ自由は誰にも奪われることは無い。

自由を人に分け与えなさい、そして、己が周りから見て自由で無くなっていても、あなたは自由を感じているのです。

何も怖がることは無いでしょう。他者の為に自由に生きなさい。自由の素晴らしさは、言葉では誰にも伝えることは出来ません。

自由を伝えることが出来るのは、行為のみで在り、それこそが神の掟の善行です。

 

 

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない ヴィーガン

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)