神の掟は一つとなる:第四百八十七章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

神の掟は一つとなる

 

神の七つの掟の恩

下記のお手紙をご相談フォームから頂きました。二通あり、以前に頂きご返信が出来ていなかったお手紙と合わせ、ご回答させて頂きたいと思います。
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一通目
恩以外の掟は簡単にできます
ですが、恩は生きてる限り何かしら恩を頂いていると思います  できる限りの事はしますが、私の場合、恩を返すのが必要最低限のことしか出来ません
親切や奉仕、施しも 恩とは関係ないのですよね どうして恩を返せば良いのかわかりません 親切は昔からできている事なので悔いでは無いです
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二通目
天国に行けたら、叶えたい願いがあると昔アンナサラ様に相談したことを覚えています 私のお手紙を読んでいただき、手紙が帰ってくるのが楽しみです
その手紙を読んだ後 前後の章や少し前の章を読んだりしています そこで天国に行けば、何も望まないとありますが、今叶えたい願いでも、天国に行けば、何も思わなくなるのでしょうか? 今の叶えたい気持ちは、生きてる時の願いなのでしょうか?
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お手紙ありがとうございます。

「親切や奉仕、施しも 恩とは関係ないのですよね」
恩に報いることに、奉仕心も施しも入っていて、これらは入り組んでいますが、受けた恩に対して報いるという点では、奉仕と施しを入れることに何ら問題はなく、その行いを続けられることです。

神の七つの掟を、切り離して考える方も沢山いらっしゃいますが、これはすべてが入り組んでおり、必ず、最後は一点になるようにできているので、今の間にこのことを、覚えて置いていただくと、なるほどと感じられる時が来ます。

 

神の七つの掟の親切

最も大切なことは、神の七つの掟というものは、このような行為を行う事で、ここに託された人々、ここに来た人々、今日初めてここに呼んだ人々、ここに来た人で、託されていない人は、一人もここには来ることはありません。

神の七つの掟とは、何を行うべきかを指示しています。規矩準縄と話した方が早いかもしれませんが、基準となることを纏めています。

碩な学者や碩な師であっても、己が行為をしていない限り、あたかも己が全てを守っているようには伝えてはいけないと言うことから、神の七つの掟と最終的に大木の神から名前を頂くことになったものです。

この話からご理解いただきたいのは、七つを分けて説く必要はなく、七つはすべて繋がっていることを、今一度ゆっくりと、行為を行う毎に考えてみて頂きたいのです。

七つの掟を読んで考えるのではなく、一度目だけは、別々にして、一つ一つ行うたびに、その時の、その後の、自分の胸の声を聴いていただき「こういうことか」と一つ一つを、味わったのなら、後は、全ては何かと重なり合っていることを感じて見て下さい。

その後は、別々に考えなくても、この掟を行ったのなら、この掟も行った事になるんだと言うことを、知ってほしいのです。

 

神と寄付

今回のご質問のように、どうして恩を返せばよいのか、返す相手が本人以外でもよいことは何度もお話しているので、ご存じのことと思います。他者への、奉仕でも、施しでも、声をかける親切でも、自分が感じた「恩」以上のものを、誰かに返せばよいことです。

返せばと言ってもどこまでかがわからない場合もあるかと思いますが、それは、自分の心が気持ちよくなるまでと言うことです。

例えば一つの例ですが、ある子供が心臓の移植手術が必要だけれど、日本での手術が難しく海外で行う必要があり寄付を募ることになった。

自分の欲しい洋服があり、その為に貯めていたお金を、その子のために寄付したとしたら、洋服を諦めるという「我慢」と、子供を助けるためにそのお金を使ったとしたら、子供に施させていただくという二つがそこには重なり合っています。

神の七つの掟を行う上で「これでいいのでしょうか」という質問を頂きますが、自分で「これでいいのでしょうか」程度では、我慢にも奉仕にもなりません。

「ここまでやってもいいのでしょうか」と言う質問もよく来ますが、そう思えることをせずして、己のできる範囲で、今日までの罪や過去世での罪が、許されるのかはあなた方が考えられることです。

神の七つの掟は、たったこの七つを行うだけで、間違いなくあなた方は天国に行けます。但し、全力で行わずして、裁判官がどちらに行きますかと言われた時に「一応、七つの掟を行ってきたので、右へ行きます」とあなたが言えるのかは、あなたにしか分からないことです。でも、全力で行わなかった場合、あなた方は、そこで右へ行くことを躊躇して、左を選ぶのではないかと、今のうちに考えておけば、間違わないでよいのではないでしょうか。

何しろ、肉体を捨てたあなたは、善の塊で悪が全くないことから、全力と手抜きとでは、手抜きのあなたを、あなたと言う善の塊は、許すでしょうか。

 

神と欲望

次に進みましょう。天国に行けば、すべてが叶う、全てがあると言ってもよいかもしれませんが、何かが必要と考えれば瞬間にそれはあなたの前に現れるので、ただ、幸福で楽しくて、いろんなことを楽しめるので、飽きることがありません。

但し、心でも物でも私物化したいとは全く思うことがありません。そんなことをしていたら、自分の居場所が物の集まりと、心の集まりになり、動けなくなります。

今、お持ちの夢は、この世で叶えられてもよいでしょう。でも、天国へ行けば、もっと簡単というか、思えばそこに現れるので、この世で手に入れるための施策を練っていたり、お金を貯めていた時間を思い出すと、自分の馬鹿さ加減に笑ってしまうことになるでしょう。

この世で欲しいものが、誰かの持ち物と比べるようなものならば、それは愚かな夢になってしまいます。

でもね、人間には愚か者が多く、その者たちは、誰かと比べたがるのです。それは、学力も、お金も、貴金属も、美も、誰かと比べるから、価値をそこに見い出すのです。

そのように考えると、私たち神の世界では、誰かと比べるという価値観がありません。だから、誰も競い合うこともありません。大木の神がおられ、それ以外の神はすべて平等です。

寄り集まり談合することも無ければ、互いの領地なども無いので、みんな仲良し、と言うのも変ですが、誰と出会っても楽しい。

勿論、集まる場所は、大木の神の枝に座ります。ぜひ、天国に来て、大木の神の幹の大きさをご覧ください。神となり始めて自分の席へと向かい歩いたとき、腰を抜かすようなお気持ちになられます。

だから、我々神は、大木の神の仰られる未来を、大木の神の作られたストーリー通りに、進めたいと思っているのです。

天国に来れば、今生で我慢したら我慢しただけ、いろんな楽しみを眠ることも無くできます。だから、我慢が神の七つの掟の中にあるのです。我慢が一番大変だと言う人は、それこそ大チャンスなので、徹底的に今生で我慢をし、来て下さい。

どうせ、あなたの時間は長くないので、頑張られることに対しては、精一杯応援して、天国へ、あなた方を連れていきます。

大木の神が、私神の化身に託された人数は、限られています。すでに、数万人の託された者が、集まってきて、途中で投げ出したり、やり直したり、確実に継続する者と、思った以上の者もいて、すでに託された半数以上は集まっていて、残りはどこかで一気に来ることになっています。

今、ここに来て、行ってみて、心折れるような難しいことは何もない事を、誰もが知っていても、何か一つに絡まれて、動けなくなっている者もいますが、それがチャンスなので、先に来ている者たちは、後から来るものをフォローしてあげる気持ちで、電車で席を譲ったり、困っている人を助けたり、乞食人にパンをあげたり、あなたが行った相手が、次に来る人かもしれないし、周りで見ている人が次に来る人かもしれない。

でも、忘れてはならないことは、あなたの行為を私も大木の神も見ているということだけは、心に留めて置き、朝起きたら、今日は七つの掟が出来るチャンスに巡り合うことを、はじめに言葉に出して願ってみることです。

 

 

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない ヴィーガン

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

神の言葉:これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相段フォームよりご連絡お願い申し上げます)