然-真理を重んじる:第三百二十四章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

然 真理を重んじる

不用なものを箱に入れるあなた方にとって、欲しいものを手にするのと、何かを失うのと、二者択一で、どちらが辛いでしょう。何かを失う方を選ぶと、今欲しいものは二度と手に入りません。

これは、以前にも書いたお椀の法則にとても似ている質問です。欲しいものを手に入れるためには、努力して手に入れたものをお椀の底から流し捨てなければ、お椀はすでにいっぱいで何も入れることができない。入れれば上から最近手に入れたものも一緒に流れ落ちてしまうだけです。

廉恥を重んじるならば、その欲しいものが、他者にとっても何かの役に立つのかを考えなければならない。生きるという事、物を欲しがるという事は、浅瀬に仇波になってはならない。

常に物事を思慮深く考え、己だけのためならば、不要の箱に入れて、土深く埋めてしまう事が大切である。何処に行くかは、すでに決めていることでしょう。そこに何を欲しがるというのでしょう、

もし、欲しいものがあり、それが他者にも役に立つものであるならば、お椀の底から、他者に役に立たぬものすべてを流してしまいなさい。するとお椀の中の水はかなりなくなるでしょう。この量は人それぞれに違います。

さぁ、そこに入れるものは他者に役立つものを入れなさい。それを私は必ず属目している。

そして、あなた方は幻を欲しいと思っているのだから、拭目と布でその目をぬぐい、真実を見なさい。

全てが見えて、いかにそれらが悉皆で不要かがわかり、手に入れても、お椀の底の方へと行くだけで、次に、欲しいものが出てきたときには、いの一番にお椀から流れ出るようなものであることを忘れてはならない。

 

 

お椀から水があふれる

あなたは、その欲しいものを手に入れるために、一生懸命に貯めたお金や、ウインドウを覗きながら、欲しい欲しいと一生懸命お金をためて買ったとして、いつまでその楽しみに浸っていられるのだろう。

私が、あなたたちを見ているように、あなたたちも周りの人を見ていなければならない。そして、危ういときには弼匡のように、助け、場合によっては正して道を歩くのを見てあげなければならない。

そして、いつも自分の身の丈を知り、それ以上のものを求めない質素さが必要である。

もし、身の丈を知らず、無理に欲しいものを手に入れたとしたら、お椀の中にため込んだ水は溢れ、貯めたものは流れ出し、入れたものの大きさに、お椀の底も開き、あなたは全てを失うことになる。

それから、どこまで行こうとも失くしたものを集めることはできない。そして、集めるためだけに生涯を終わらせ、神の七つの掟など一つとして行うことは無い。

聖人はいつも粗末を身に纏い、いつも乞食の姿をしている、それゆえに、失ったものを捜し歩く者の横に、聖人がいたならば、ついて来るなと怒鳴る。

聖人は、見た目は乞食のような姿をしていても、中身が輝いている、欲しいものは何もない、でも、人を助ける言葉をいつも話している。

智慧が無いことを自分でわかる者は、聖人の話を聞いて、学び、行動に移す。智慧のない者が智慧が無いことを知らなければ、聖人の話を聞かない。

ここに、神の道へと天国に進むチャンスを得られるか、地獄への道へ進むチャンスを得られるのか。別れの一歩目が始まる。

いつまでも生きたいと願う者と。死を怖がることもなく死が訪れる前に神の七つの掟を精一杯やり続けて、早く天国を目指したいと思う者と、ここでもチャンスは別れる。別れの二歩目が始まる。

 

 

困難を抱えている

あなたの今日の善の行いには、その時々全てではないが、時節到来がやってくる。その時に、今日は上手くできたので、明日のためにと周りを見なければ、忽然と今日の善なる行いは、消えてなくなるであろう。

然(「サ」生あるもの、死の近き事を知らざる事)を考え、真理を重んじたいと願うのならば、失うものは不用なものだけとなる。

人は、困難を抱えて地獄からこの世に降りてくる。そして、陋習を覚えては、より困難をこの世で抱える。もう、歩くことも、願う事もできないほど、これらは楽しみの後に必ずやってくる。

それらを捨て去るために、神の七つの掟がある。

あなた方も、よくご存じだと思う言葉がある、それは、忍び終に悔いなし、己の置かれている状況が、何もなく本当の乞食であっても、全ての人を救うため、息が絶えるまで、やり続ければ、死んでも悔いはないという言葉ですが、ご存じの方も多いことでしょう。

あなた方が行く、錦衣行は天という故郷であり、その故郷とは天国です。

人を助ける者には、洪恩が訪れ、見てみないふりをする者は鵠的にさらされて、逃げることも出きずに終える。

 

 

神と天国

愚か者たちは、欲しいものが落ちていれば、綱引きのように引っ張り合い、その怒鳴りあいを周りで見ている者には春蛙秋蝉にしかうつらず。ただの口論にしか見えない。そのような者にならず、欲しがる者にあげなさい。

大きな地震が起き、近くにいる誰それ構うことなく、覆いかぶさり、その者を助けることこそが、神の七つの掟を守り、そこで亡くなったとすれば、天国の扉はその者に開くという事を忘れないことです。

口論する者や、欲しいと思う物のためなら、誰も助けもしない。見て見ぬふりをする。そのような者を見るたびに、凄凄切切と私はなり、寂しい。

あなた方に必要な物については過去章で書いています。それは「知識など持たなくても、誰に対しても優しい言葉で話ができて、読み書きができて、足し算と引き算ができて、キスができれば、それ以上に何が必要だろうか。」

そのような考えになれば、あなた方が、行う行為は、通暁暢達だけあればよい。あなた方に必要なもの以外は、土の中に埋めなさい。

あなた方に必要なものは、神の七つの掟以外には、ないことを知ることです。

俗世に惑わされてはならない、巷で噂されているいい加減な話に興味を持ってはいけない。

私は、裁判官の右隣りで、あなたを待ち、あなたが右へ行くときに、私が背中を押す。

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)