幸福と不幸:第四百七十一章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

幸福と不幸

 

幸福と不幸

ある者が、私に話しかけている。神の掟を守ることで天国に行けるのであれば、確かに簡単であると思いますが、天国に行き何が楽しいのでしょう。

自分の考えを述べさせていただければ、次のように思います。不幸が無い場所に幸福は無く、苦の無いところに楽しみは無い、だから、相反することがあってこそ、幸福も楽しみも存在するという説です。

天国には幸福や楽しみしかないように、ここに来ては思うのですが、幸福と感じるには不幸が無ければ感じない、楽しみも苦が無ければ感じない。

私は俗世では、その通りだと思い聞いていた。苦も不幸もない天国で幸福と楽しみを感じられる、それも、俗世では考えられないほどの、幸福と楽しみがある。

それは、人間と神とは全く違う次元にいるからです。それ以上のことは、神の化身である限り、今の段階で答えは教えられない。けれど、海の動物と、空の動物の違いに似ているかもしれない。紐解けば答えになっています。

人間は、神になれるが、神は人間に化けれても、人間にはなれない。

人間は、俗世で、生きるために全ての時間を費やせば、己という者が何処の誰で何のために生きているのを知らずに終わる。

かといって人間は、俗世を離れて生きれば、何も行わずして生涯を終える。俗世に生きて行為を行う事です。

幸福を追い求めて生きることは非常に大切なことであり、そうでなければ輪廻転生をしてきた意味が無い。

但し、求めている幸福が、この世にあると考えることは間違いで、この世での善なる行いにより、過去世までの罪の償いが終わった時に、天国に行き、そこで初めて幸福と喜びを捲握できるのです。

 

天国は幸福と不幸

この世で、幸福に思う事、喜びに思うことが無いわけではない、あなたがあなた自身で、ほんのつかの間の幸福と喜びを感じていることは、行為によってのみあり、同じように神も喜んでいる。

それを味わうことで、もう一回と思い、善なる行為を続ける。求めている幸福は、他者の役に立つたことで起こるもの、ただそれだけは未来永劫と続く。

それ以外に起こる幸福は、幸福ではなく、一時的に瞬時に無くなるものであり、それを追い求めていては、己が何処の誰かを知ることもなく亡くなる。

行為に大小は無い、あるものは全身全霊だけで、竹頭木屑例え小さな行いで、こんな程度のことをやっても、幸福にも償いにも繋がらないだろうと粗末に扱うことなく、行為を行えば、天国での幸福に繋がっている。

幸福と不幸が表裏一体と考えるのは、ある意味において正しい。この俗世で、それを感じたいのであれば、例えば最大限の幸福を得たければ、最大限の不幸を味わえばよいだけのことです。

しかし、人間の肉体を持つ者は、愚かであり、弱虫である。最大限の不幸を味合えば、最大限の幸福が得られるとわかっていても、最大限の不幸に身を置く覚悟は無い。

だから、過去章で話したように、プラスマイナスゼロの近辺で、少し上の幸福を求める。でも、それでは満足することは無く、マイナス五を最低点として、マイナス五どころか、マイナス一すらも拒む。

それでいて、プラス五が最高点であれば、それを求めて夢を見る。その見た夢が一瞬で通り過ぎていけばよいけれど、どこまでも貪欲で、マイナス一も嫌がり、プラス五を求め足掻き、人生を終わらせ、何のために輪廻転生をしてきたのかを、そこでようやく知ることになる。

 

天国はプラス

私はいつも話す、朝盈夕虚時は儚い、それなのにマイナスから逃げて、プラスだけを求めているのなら、夢うつつのままに時計の針は止まる。

輪廻転生してきた限り、肉体のあるこの短い時間だけは、マイナスに集中し、プラスは天国で待っているのです。

幸福と不幸、楽と苦、これらの中から本来受けることが出来ない、幸福と楽も、大木の神の優しさから、他者のために生きる者には、その都度与えられている。

それなのに、それをこんなものかと惰眠を貪り、真理から外れ時勢に迎合するようであっては、天国へ行けることは無い。

あなたが他者のために生きるという犠牲を払は無いのなら、何のために輪廻転生をしたのか、そのまま、地獄にいたほうがよかったでしょう。犠牲に対し、本来は与えられない、喜びや幸福を多少でも神は与えて上げたくて、齎しているというのに。

地獄から出てきたのも、この世で他者のために生きると決め、善行を重ねて、天国に帰すと神に誓ったのは、あなたなので在り、神が命令などしたこともない。

あなたは自ら決めてきたこと、神と約束をしたことを、蔑するというのであれば、大木の神は悲しまれることでしょう。

この世で味わうことが出来ない感銘を、あなたは胸に突き刺すことも無い。そう、肺腑を衝くことは無い。

私は、あなたが輪廻転生時に決めてきたことを、守れるようにお手伝いをしに来ているようなものだけれど、あなたの行為は凄切に絶えない。何があれば、あなたは動くのだろう。

 

象の足にまかれたチェーン

あなたの目の前には、いくつかの道があり、あなたはそれぞれを見つめて、その先を考え多岐亡羊と迷っている。

どの道を選択し進めば、己が地獄を出て天国に行くと決めた道なのかと、そんな時には、道に話しかけてみるのです。

私の決めてきた道は、どの道でしょうかと、一番あなたに辛く険しい道であることを話す道に進みなさい。

辛くて険しさがマイナス五であるのなら、その道こそ、あなたを天国へと運ぶ道なのです。

楽な緩やかな下り坂を選んではならない。その道を行けば、俗世の悪人たちが、あなたが亡くなるその日まで、スプーン一杯の甘い蜜を舐めさせては、苦に堕とし込め、あなたをサーカス小屋のゾウのチェーン繋留のようにして、あなたを繋ぎ止める。

愚かなあなたは、一日一回与えられるスプーン一杯の甘い蜜を舐めては、そこから飛び立つことが出来ない。

足元を見なさい、あなたの足に巻き付いているチェーンは、どこにも繋がれていないことに気づきなさい。

ようやく気が付いたのなら、他者のために生きるために町へ出て、困っている人に声をかけて、最後の日を迎えるのです。

榮耀栄華白日夢は今は捨てて、質素であっても、チェーンで繋がれていた時と違い、今は輪廻転生時に決めてきた他者のために生きることが、自由にできることに感謝することです。

儚い時間、幻でもあったかのように、あなた方の人生は終わるのです。今、全身全霊で、他者のために生きなくて、いつ他者のために生きれるというのでしょうか、考えてみることです。

 

 

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

神の言葉:これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

 

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