神を疑い迷い:第三百二十九章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

 

神を疑い迷い

 

神を疑う

聖人が旅の途中で、ある村に立ち寄り、いつものように村人を集めて神の説法を説いていた。

村人たちは、聖人の話に聞き入り、聖人が話し終わった後も、聖人をもてなそうと食事を振る舞うことにした。

村の少年が聖人の目の前に、大きな鶏を連れてきて、村人の歓声の中、少年は鶏の顔を掴むと、もう片方の手で鶏の胴体だけを凄い速さで回し始めた。

村人の歓声と少年の自慢気な笑顔、次の瞬間、鶏の顔は胴体からもぎ取られ、頭のない鶏は、そこらじゅうを走り回りましたが、村人たちに抑えられて毛をむしり取られ、大きな鍋の中へ、煮えたぎる熱湯の中へ生きたまま押し込まれ、蓋を閉められました。

聖人は、その一部始終を見た後で、もう一度村人たちを集めて、次のように話しました。

私の話は、甚だ分かりやすく、甚だ行い易い。あなたたちはそのような私の話も理解できていなかったのかと思うと、残念である。

しかし、理解できなかったのではなく、わかりやすく話したと思っていた私の言葉に問題があったのだと思う。

私は、これからこの村を出て次の村へ行き旅を続けなければならないが、その間に皆に理解される言葉を見つけて、もう一度戻ってくるので、私の帰りを待っていて頂きたい。

私の再来を待っていただける者には一つお願いがある、この村の繁栄と皆が神の子となれるように、どうか、私が帰ってくるその日までは、動物を殺したり食べたりすることは止めて欲しい。

そこに居た村人全員が、聖人の言葉に深く頷いた。聖人は、回りくどいことを話すことは、甚だ分かり難くなるのだと頷き、次の村へと旅の続きを始めた。

 

聖人の教え

聖人は、学びの旅を進める途中で亡くなったが、村人たちは百年たっても聖人の言ったことを守り、代々と受け継がれ、動物を食べずに聖人の帰りを待ち続けていた。

聖人が村人たちへ残したものは、他にも沢山ある。それは、村人たちが自ら学ぼうとすることであり、聖人が話された言葉を一つ一つ書き記し、意味を探り続けて学んだ。だから、聖人が戻ってくる必要などは無かった。

あなたも学びなさい、学びは他者の為にならなければ意味がない、何時も他者の為になる学びを学びなさい。

許しなさい、他者の罪を己のものとして受け入れなさい、仮借なく責めることは止めておきなさい。あなたの品位を貶めることになるだけです。

行わずして行えることは無いけれど、行っても行えないことは沢山ある。しかし、それは不要だから行えないのであり、必要なものは必ず行える。故に他者の行為行動が間違っていても許すのです。許すことは誰にでもできることであること、許せない相手などあなたにはいないのです。

 

赦す

恨んでみても、何かが手に戻るだろうかと考えなさい。許せない相手を持つことは、あなたの貴重なこの世での行為を行う時間を割いてしまうことになるだけで、何もそこからは生まれない。

窮鳥懐に入れば猟師も殺さずと言うように、相手にどれだけの非があろうとも相手があなたの足元にひれ伏し許しを乞うてきたのなら、あなたは許してしまうのだから。

それならば、そうなる前に許してあげたほうがどれだけあなたの成長になり、相手にとってみれば、責められないことからくる己の良心の呵責に、己で己を責め、その結果は、あなたの道を己も行くべきだと、あなたについて行こうと努力させることが出来るのです。

 

神を迷う

あなたには、賢人や聖人が目の前に現れている、それなのに前へ進めない者も多くいる、これは、迷い、疑い、続けないからである。

村人たちのように、言われるがままに素直に受け入れられないのであれば、徹底的に疑い調べ、迷い疑問を明白にするのです。

中途半端に疑い未だ進めずにいるのなら、時計の針が止まるだけである、迷わぬ者に悟り無し、大疑は大悟の基、疑問を明白にするために、あなたの信じる神か私に投げかけなさい。

信じるものと信じないものとに分けても、どれだけの差があるだろう。そこにあるのは、こちらの神を信じるが、あちらの神は信じないということだけであり、神を信じるかどうかを重要視していてはいけない。

重要視するものは、神の七つの掟の行為であり、行うのはどちらの神でもなく、あなた自身なのだから、それを知らなければならない。そして行為を行わなければ道は見えないのだから。

 

神への道

生きるということは罪の償いで在り、神になるための修業の場であるけれど、そんな今生に放蕩者のように不要な夢を見ては破れ、己が良くなりたいために逆に誰かに騙され、そのような病に苦しむだけの者となってはならない。

あなたにとって、ありふれた日常が唯過ぎていくのであれば、転寝をして日々を過ごすのであれば、村人たちのように聖人の言葉を思い起こして自ら学び天国へ行くことは無く、左へ行くこととなるだけである。

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償い」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身