善行と貧しさ:第五百十六章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

善行と貧しさ

 

善行と神と貧しさ

一陽来復と輪廻転生を行う時には、固く誓う。前世のような過ちを犯さないで、神の七つの掟それだけのために来世を生きて、今度は必ず、天国へ行きますと誓う。

今日は、ある方から相談フォームへ頂いたお手紙を拝読し、一部もう一度だけ同じような話をしておくことにした。何度も同じ話を聞かされている者には、理解をし行為に移していることだろう。

あなた方は常に、情感を持っていなければなりません。あなたがいること自体が情緒的で、あなたと出会う人々が常にあなたの善行為に感嘆としみじみとしたものを持つように、言葉ではなく行為を持って示さなければならない。

短い人生なのに、なぜ、この世俗には沢山の宗教家が現れ、勧誘を行い、その家族までも勧誘させる。

そして、脱会しようとする者には、何らかのレッテルを張り、スワミや教祖と言われる者から、頓着させられ逃げ場を失う。

魂の救済という名のもとに、信者を一度つかむと逃さない。このようなものは宗教でも何でもない。

 

宗教と神

ただ、このような宗教が多いことは嘆かわしく、私が言う、今のあなたを善行へと導いてくれるのが宗教であり、どこの宗教でもよいので、門をたたき話を聞いてみなさいと、今まで何度も言ってきた。

それは事実、心が善行から離れそうなときには、どこでもよいので宗教の門をたたくことは、この世俗に生きる者にとっては、決して悪いことではありません。

但し、先に述べたような、信者になる必要は全く無いので、いくつもの宗教を周り、講話を聴き、自分に一番合うところに、過ちを犯す前に話を聞きに行くようにすれば、良いだけのことであり、信者になっても何も得るものなどは無い。

何も得るものが無いとは、これも以前から何度も話しているが、宗教とはこの世の悩みを聞いていただく場所と言うだけの存在であり、あなた方が行くべき天国には、宗教などないのだから、信者になっても何の役にも立たない。

善行を行いたいから信者になるという者がいれば、善行とは神の七つの掟をさし、一人で行えるものであり、誰かと一緒でなければ、大きな宗教の看板を背負っていなければ、出来ないというのは、大きな間違いなのです。

 

善行を行う

他者のために生きる、困っている人を助ける、乞食の者に、お金や食事を配る、他者に親切にする、他にも神の七つの掟にはあるけれど、これらは己一人で行う事であり、何らかの力などの中で行う事ではありません。

困窮する者の方が多いのは当たり前のことであることを知り、己が困窮であっても、困窮する者を助ける者になり、周りの者からいつの日にか、主君と呼ばれる貴い者となるのです。

あなたが神の七つの掟を行い続けるならば、周りの者もいつの日か、水魚の交わりとなり、あなたと同じように善行を行う事となる。

その時でも決して、あなたは自分を主君と思ったりしてはならない、そのように思う陰から、傲語するようになり、このようになった時に、あなたの積んだ徳は、消えてなくなり、俗世の悪蜜を舐め始めることとなる。

善行を続けて、困窮者を助けていくことは、片手で錐は揉まれぬが如く、人が人を助け合うことが心から行えるようになり、それは天国へと進むことになる。

 

善行を行う

あなたが困っている人を助けるには、どのようにすればと考えたときには、街に出て歩きなさい、困っている人がいないか探しなさい。

電車に乗りなさい、体の不自由な人が立っていたら、その近くの席に座る健常者に「こちらの方に席をお譲りいただくことは、可能でしょうか」と声をかけなさい。

そこで、もし、相手から断られたら、隣の人に声をかけなさい。そして、誰も席を譲ることが無かったとしても、それで、良いのです。

善行とは、行為を行った事であり、その結果を求めているものではないのです。このような話は、耳が痛くなるほど、あなた方に話してきていますが、未だに声をかけるのに躊躇する者がいる。愚か者とならないように、努力しなさい。

世俗にも尊い者がいる、幸福であるにもかかわらず、貧しい生活へと赴く者である。貧しさからは、沢山のことが学べる。それを学ぶために、そして、貧しいからこそ、貧しさの中からの精一杯の犠牲を払い、困窮者に救いの手を差し出す。

知覚を塞いで、俗世から離れ生きてはならない、それは輪廻転生をしてきた意味が無いことも、何度も話してきた。

俗世にいて、俗世に溺れることなく善行を行うあなたは、誰からも奇異の目で見られるだろう。しかし、それらを気にすることなく、他者の為に言葉ではなく、行為を行い続けなさい。

俗世の者の中から、必ずあなたの行為に賛同する者が現れ、あなたと同じ善行を始めることでしょう。

己や己の周りの者のためにしか、人生をかけない者には、続く安らぎなどは無い、抑鬱状態に襲われ、己や周りをも苦しむ時が訪れるだけである。

 

神と善行

残念ではあるが、羊頭狗肉のように見せかけだけで中身のない善行を行って見せている者がいる。これは、行わないことと同じであり、無意味と言える。

それよりも、鷹視狼歩と勇ましく俗世で甘い悪蜜を飲む者たちが困っていれば助けるのです。相手が悪人であろうと善人であろうと、如何なる差別も行わず、悪人だからとぞんざいに扱ってもならない。

忘れてはならないことは、悪人こそが善人になれるということです。但し、その為には、あなたが行う神の七つの掟を、行為として見せて差し上げなければならない。

最初は嘲弄されるだろう、それでよいのです。悪人に善行を説いてはなりません。あなたの行為だけを見せるのです。

ゴミの山で、お金になりそうな物を拾集める子供がいた。私がそれを眺めていると、神様、今日はいつもよりも多くの品物を見つけることが出来ました。ありがとうございます。

私は、この子に何もしてはいない、でも、ゴミの山をあさらなければ食べ物も手に入れることが出来ない子供たちは、あなたよりも立派だと言えよう。

勘違いをしてはいけない。何が立派なのか、貧しくても、困窮の中に笑顔で私に言葉をかけたこと、私に助けて下さい、などと言う言葉など持ち合わせていないことである。

学びなさい、行為によって他者を助けなさい。くだらない戯言など、後に恥を知ることになるだけで在り、何の役にも立たない。

 

 

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない ヴィーガン

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)