他を見て善行へ:第五百五十六章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

他を見て善行へ

 

他を見て善行へ

真実を語れば、最初は訝しいと思われようと、誰もあなたに懐疑の念を抱くことも無く、あなたの正直一遍に、嘘をつかないという才能を周りから褒め称えられることになるだろう。

荒馬の轡は前からとれというでしょう。噓などで小細工をせず、その道を歩かなければならないのです。

あなたは、困っているものを見ても声をかける勇気が無いと嘆いているが、あなたの足元を見てみなさい、そこには踏切板があり、あなたがそこに飛び乗ったならば、善行を行い、少しでも他者の役に立つように生きることが出来ることに気が付く。

あなたが見ている誰か、良馬は鞭声を見て行くものなので、優れた者は指示することも無く、それでいて、周りの者から賢者と呼ばれても、その上に胡坐をかくともなく、己から動くものなのでしょう。

だから、あなたが見ている、そのものを、時々見て、己の善行の力の源とし、それは、いつか、誰かがあなたを見て、善行を行うようになることにつながるのです。

但し、寵愛上る昂じて尼になす、見ているものを、一日中見ているようでは、何もすることが無く、心の中で念仏三昧としているだけの愚か者となります。

 

他を見る

あなたが、どこかの宗教の言葉を信じて、それを、己の善行への光としたり、人それぞれに、 踏切板を持つことは、決して悪いことではない。

但し、踏み切り板は、求めてはならない。求める者は、真理を捻じ曲げて時勢に迎合することとなり、最後の日まで、 踏切板で限りなく、天に向かい飛び跳ねることは無い。

真理を知り、徳を積む者にとっては、踏切板を考えることも無く、求めることも無く、気が付くことも無い。

趨勢などに引き寄せられ流れに乗る、愚者たちのようになってはならない、知らぬ間に、踏み切り板を持つ者は、踏切板があることも知らず、踏み切り板が知らぬ間に、助けていることも知らない。

あなたに、一つ、伝えておこう、誰かに頼って今生を認識しようとする者は、俗世を彷徨うだけである。

あなたが見ているだけで、あなたを善行に走らせているものは、肺腑を衝く感銘を与えられているのである。

 

善行

嘘をつく者は、それが恒久であることに気が付くことは無い、嘘をつかないように努力する者は、己を騙す者となる。

嘘は、瓶に詰めなさい、嘘が出たがっていても、出ることが出来ないことを、あなたに告げることで、あなたは嘘をつかないで歩ける。

もし、あなたが、嘘という瓶が、煩わしく鬱陶しいからと、遠くに投げたなら、嘘は瓶から飛び出して、あなたに纏わりつき、あなたはまた嘘をつく者となる。

心を寂寥とすることが無いように、困っている者を探しながら歩き、見つけたならば、勇気のない己の前に、踏切板が現れ、その向こうへと手を差し伸べて、お手伝いをさせてください、と言うのです。

 

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身