第五十八章:宗教-誘惑 の中にいてこそ

輪廻転生ー神←だけは必ずお読み頂き、続いて全ての章をお読みください。第一章から何度も読み返し。愚か者は八回読み返し、救われるために。

 

宗教-誘惑の中にいてこそ

誘惑

宗教は優しく「この世」を説き、私は「あの世」を話します。

私と宗教とは違います。

この世の事は、宗教が語ります。

この世の悩みは、宗教家が優しく聞き、あなたが善行へと進めるように導いてくれます。

宗教には長い年月をかけ、作り上げた「もの」があります。

私のいる世界には、そのような「もの」はありません。

私が話すのは「自然死」、「自殺」、に関わらず、肉体が亡び「あの世」から、「地獄」ではなく「天国」に行けるように、その道を話しています。

一度も悪行を行わないまま、僧侶や宗教家になることは、その道を選んできたのであり、その方向に向かうことに悪いこととは言い切れません。

しかし、宗教家であろうとなかろうと、あなたであろうと隣の人であろうと、誰でも、一度でも悪行(人を悲しませる・心を傷つける等々含め)を行ってしまった人は、山にこもって修行を行うなど、外部との接触を遮断するような世界に入ってはなりません。

誘惑7

あなたを誘惑するような世界にいて、その誘惑に負けないことが、あなたの修行なのです。

修行というのは、自身の体を傷つけたり痛めつけたりしても、何の修行にもなりません。

そんなことで別人になれるのであれば、誰が悩むのでしょうか、誰が苦しむのでしょうか。

修行とは日常にあり、困っている人を助ける事、席を譲る、悲しませない、傷つけない、裏切らない、騙さない、ことなどであり、無償で奉仕することです。

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身より

 

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