第二百三十八章:蓮と泥と哀れを説く者

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蓮と泥と哀れを説く者

 

蓮の花

あなた方すべてが、泥中の蓮であってほしいと私は思っています。ある者は、こんなに泥だらけの中では、蓮の鮮やかな色も、醜い色となるだろうという。

いいえ大丈夫なのです。蓮は、どんなに汚い人の集まりの中にいても、色も何も変わることがないのです。

そこに嘴を入れるものが通り、そんなわけがあるはずはない。人は汚れた心の持つ者に囲まれれば、自分もその色に変わるものなのだ。

また、話を聞いていたものが、聞いて極楽見て天国というのが蓮なのです。だから、いかに心が汚れていようとも、蓮のように気高く生きなさいということですよ。

あなた方が、この話を聞いて、蓮になるのか泥になるのかを考えることが大切です。泥になることは、この俗世では容易いことです。そして、周りのものと、酒を酌み交わし、神の七つの掟を笑い、困っている人も助けない、そのような泥になることもよいかもしれない。

そして得意げに人生を語り、得意げに酒を飲んでいるのに、得意な芸を披露したとたん、得手に鼻つくことになり、少しだけは、考えも変わるものなのです。

蓮になるのを選んだ者は、泥をも飲み込み、泥にまみれるものが言う、空理空論などに耳も貸さない。しかし、聞いてあげなさい。その者にも思いがあるのだから。決して、それが違っていても、何も言ってはならない。

当然のことながら、言い負かそうなどという愚かな考えを持ってはならない。黙っていなさい。

あなた方の思いと違うことをいう人がいても、決して知らない顔をしてはならない。その者は、あなたに聞いて欲しいのだから、聞いてあげることが、七つの掟の中の、親切にできるチャンスなのですから。

着てあげる

ある街に、自分の話が正論であると思い、皆を集めては持論を長々と話す者がいました。なぜ、皆が集まりその者の話を聞くのか、それは、そこに集まりいっせいに聞かなければ、一軒一軒周り、長々と話を聞かされるのが、嫌だからでした。

しかし、その者は、そうとは知らず、私の話がどれだけ重要かを皆が聞きたがっていると思っていた。

そのものは、いつも従容不迫(何事にも動じず、少しもあわてないこと)を口にしていた。

ある時、皆が彼の話を聞いている時に、大きな猪が走って現れた。その者は、我先にと逃げた。

猪

しかし、そこにいた者は、誰も動ずることなく座ったままであった。その猪は、その街では、みんなに子供のころから育てられ、愛されていたので、皆を襲うことはありません。

ご存知のように、猪と豚の能力は、犬よりも上だと言われています。

だから、皆はその猪が豹変することがないことをよく知っていたのです。

さて、逃げたものは、それ以来、街には来なくなった。皆は、これで無駄な時間を費やすことがなく、みんなで仲良く暮らすことができることに、安堵した。

もし、彼が猪の利口さを知っていれば、逃げることはなかった。猪が人を襲うのは、自分たちの縄張りを人に奪い取られた時だけであることを知っていれば。

 

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身より

神より
「我が子よ、最新の数百章のページ程度の新しい章から読めば、最初のページから三ページ以上づつ読みなさい。そうするといつか近づく日が来る。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身の言葉を皆様に解るように変換して書くものです。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

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