第百六十一章:天秤と手のひら

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂き、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読まなければ、それが絶対の約束です。救われるために

 

天秤と手のひら

天秤から学びなさい

貧しき時ほど、人は育ち。裕福になると、人は心貧しき者となる。

貧しき者は、自分よりも貧しき者に施しをする。

裕福になれた者の中にも、裕福になれた感謝のために、沢山の困っている人のために、尽くす者もいる。しかし、そのような人は少ない。

必ずしも言い負かす者が勝つのではない、それを黙して語らない者こそ勝者となる。

いつの日にか、必ず、己の身となり骨となる。

暴言を吐くものは、それで喜んでいる。あなたは暴言を黙って逃げもせず受け入れなさい。それで、暴言を吐くものに何もせずに、暴言を吐くものは、喜びを感じているのだから。

喜びを与えたのだから。あなたは人に喜びを与える素晴らしい人になったのです。頑張りなさい、私も神もいつもあなたのような人を見ています。そう、このような話は何度もしました。

あなたは、七つの掟の一つ「我慢」を手に入れることができたのだから、相手に感謝しなさい。

あなた方にとって幸福とは何を指しますか。空曲の中に何を求めていますか。

あなたは今よりも、今よりも、今よりも、これを繰り返しているのではないでしょうか。

何のために、輪廻転生をしてきたのですか。少し走るのをやめて立ち止まることです。

天秤と神の教え

あなたは天秤の片側に乗っている分銅にすぎません。

あなたが狡猾なやり方であろうともそうではなかろうとも、あなたが乗っている分銅が下がり、もう一方の分銅が上がることを、あなたは喜び、飛び上がるがごとく宙に舞う相手に勝者は私だと言っているだけでしょう。

しかし、学びを人生の大切な目的と考える者は、天秤の敗者といわれれば、それを受け止め、分銅を抱きしめて宙に舞うのです。

敗者が貧しくても、勝者が富を持とうとも、罪を持つものが敗者となるのです。

但し、ここで大切なことは、どちらにせよ七つの掟を守らない者には、神は何も与えることができません。

どれだけあなたが富を持とうとも、それを神に捧げようとも、神に物の富など不要なのです。

神が欲しいのは、掟を守り、神になって帰ってくる、あなただけです。

だから、天秤はどちらに振れようとも、結果はただ一つ七つの掟を守ったかどうかです。

あなたが、物乞いの乞食であろうと、富みあるものであろうと、神は七つの掟を守った者だけしか受け入れません。後は、あなた自身が選択する地獄の苦を味わうわけです。

神は聞いています。第一章から全てのここまでの章を読みましたかと、今ならそれほどの時間はかからないでしょう。でもいつか、読み返すことができなくなる日が来ます。それは、決して、章数が増えたためではありません。

手のひら

手のひらを広げて見なさい、あなたの手には若くても年老いていようとも、人生が刻まれています。

よく見なさい。その手のひらには人生が書かれているのです。

己の人生を振り返っても何の役にも立ちません。

しかし、その手のひらをよく御覧なさい。広げたり、伏せて見たり、あなたにも見えるのでしょう。

今まで手のひらを、ほとんどの生活や多々過ごしてきたのに、手のひらを見たことがあまりないことに、気が付くことでしょう。

嗚咽が出るほど感じたのなら、きっとあなたに神が近づいたからでしょう。

手のひらは、いつも下を向き、上から見てもらえる瞬間が少ないのです。でも、本当はあなたにとって、最もあなたに尽くしているのは、手のひらであることを忘れてはなりません。

何をするのも手のひらです。

天秤の上に、分銅を置くときに手は必ず、下から上えと持ち上げますが、手のひらは隠され暗闇の中にいるだけです。

握手するときの触れ合いを、忘れないことです。

手のひらを見るときは、お金もなにも必要ありません。そこにお金を要求する者は、残念な人です。

その手のひらには、あなたが犯した罪や、あなたが悲しく思う出来事や、裏切りや、騙したことや、いろんなものが、その手のひらを見れば、そこにあります。

今からでも、せめて一日に一度は、感謝して手のひらを見る事です。

神の掟を思い出すときにも、手のひらを見て、そこに神が腰かけていることを忘れないでください。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。あなたを救いたいから。
神の化身より

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