弱いあなたと:第五百七十八章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

弱いあなたと

 

弱いあなたの夜

あなた方が今日まで何をしてきたのか、未だ右に進めぬ者よ、かげろうは朝生まれ、夜には死ぬ、あなたの人生も老少不定と、年を取り死んでいくなどとは考えないことです。

あなた方は、若くても年寄りでも、死はすぐにやってくるのであり、その日、その時は、あなたが決めてきているのです。

私は、いつも同じ話をするが、いつか、いつかきっと、というような、何時かなどは決してやってくることは無く、その者たちは、呉呉れと念を入れたまま、この世を去る者となるだろう。

功績を称えられたいがために、右の道を進むのではないでしょう、あなたの犯した過去の罪の償いの為に、右の道を進むことを忘れてはならない。

ここに来るまでに、破れかけてきた人生を綴り、弱いあなたと、あなたが戦う時には、作戦など立ててはならず、すれば、一炊之夢で善行の道も、穏やかに終わりを迎えるのです。

 

あなたと夜の光

困難から逃げ、背を向けたのならば、時を重ねた時に、どれだけ後悔することになるのか知っていることでしょう。

だから、困難から逃げてはならない、所詮、困難など時ならず消えているものであり、阿呆となって右の道を歩く者には、困難を知る由もない。

困難だと思うのは、己が智慧者であるからであり、作為を捨てて歩くのならば、困難に出会っても、困難だと知ることが無い。

今の、あなた方の中には、未だ俗世で論を俟たない者もいる、それによって常に弄巧成拙と、ことを上手に運ぼうとしては、叩きのめされている。

今生にいる限り、生きていることの精髄を知り、そして極め、その礎である、真理と道理を、知らないままに持つ者となるのです。

極めるために、徒な智慧は持ってはならない。無駄な智慧は時として利害を常に図り、近道を探したり、酷い行ないを起こしたりする。そして、それが始まると疎外できなくなる。

 

困難を困難と思わない夜の写真

どれだけ困窮しようとも、困窮しているそぶりは見せず、虚勢を張ってでも、心は凛と立ち、己よりも貧しき者たちに、与えなさい。

貧しくても胸を張って、貧しい者を助けるのです。そのような者が、どのように、あなたの中のあなたという神、そして、大木の神が見ているのか。

たとえかすかな光でも、輝いているには、腹を空かせていても、もっと貧しき者に、手を差し伸べるチャンスがあると知って行為に移すからであり、しかし、知っているのに、知らないふりをしている俗世の者となってはならない。

ためらっていては、輪廻転生時に決めてきたことを行わずに、この世を去ることになるだろう。

俗世では誰もが一度は、甘い蜜を舐めてしまうのであり、一度の過ちを、そして今日までの過ちを悔いることなどは全くなく、それを呉呉れと繰り返すことを、今日を最後とすれば、それでよいのです。

甘い蜜を舐めた者が吐く息は、屈折した心理の今生の物語であり、それを知っていさえすれば、あなたの前に、甘い蜜の香りの言葉を口から匂わす者の、言いなりとならない者となることが出来るのです。

 

物が足らない夜

物が足らないと智慧を働かせるから、渇望が生まれる。物が足らないという智慧を働かせないのであれば、そこに、俗欲は生まれず、足るを知ることとなる。

渇望を無くした次には、思いやりを知り、行為に移し生涯を生きる者は、比喩的に禽獣という、道を踏み外したり、恩や義を忘れたりするような、愚か者にはならない。

あなた方は、頭で考える智慧者となってはならず、善行の火は、心に宿すことで、烈風が吹こうとも、善行の火は、微動だにしない。

心に宿すことは難しくはない、阿呆となって只管に、道を歩くことで、阿呆には、善行へのチャンスが、向こうからやってくるのだから、善行の火が靡くことも無い。

阿呆となるには、智慧を捨て、作為を捨て、己の助けを待つものが、己の前に現れたなら、肩を差し出す、これだけのことである。

 

右の道の夜の写真

右の道では、大事を成すことなどなく、貴い徳は、大事とは局外であり、いつものように、雨の日に傘の無い者に、傘を差し出し、倒れる者に、肩を差し出す、これこそが、聖人の徳であり、あなたの罪を一つ償い、一つ徳を頂く事となるのです。

あなたが、そのように歩く道は、光陰に関守なしといい、真理を歩く者は、足を止めさす俗人に出会っても、それを飛び越えて進む力があり、その道の周りで病に伏す者には、手を差し伸べ水を汲む時の余裕も持ち備えているのです。

阿呆になれば、外柔内剛と、他者に対しては思いやりと慈しみを持って助け、誤ることも知らぬが故に、誤っても真理の道から外れることは無い。

失うものがあるのなら、失えばよく。得るものがあるのなら得ればよいのです。そこには、道に則り、得たものは善行に使い、失ったものは、誰かの幸せの為に去って行ったことも、知ろうとも思わない、あなたがいるのです。

二度と通らぬ道であり、せっかくならば、力強く踏みしめながら歩いて行くとよいでしょう、その道には、名も無く、あなたも、道に名をつけようとは思わない、味わって歩くならば、決めて来た時間がすぐにやって来て、あなたは、天国の門の前に立っている。

 

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

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