善行へと:第五百十七章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

善行へと

 

善行

あなたと誰かとの間に、軋轢が生まれた時、いつかそれが溶けて、不和すらも互いに思い出となる。

あなたは全ての人を思いやる人とならなければならない、そして、全ての人に対して、神の七つの掟の行為を行わなければならない。

七つの掟の行為を行う者は、地獄にしか住処は無いなどとは言うことは無い、しかし、神の七つの掟を行わない者は、残念だけれど、棺の中のあなたは、自分で地獄を選び、そこを住処とする。

流謫のように流されてはならない、犯した罪は取り返すことが出来る、但し三度までだ、ここに来て、神の七つの掟を守りながらも、罪を犯してしまうこともあるだろう、しかし、それは三度までは許されるが、それ以上は許されることは無く、流謫となり地獄へ、あなた自身が決めていくのです。

 

拠り所と別れ

己を今知ることが出来ない者は、単なる愚か者でしかない。そのような者となっては、あなたの善行は、見せかけだけのものと、愚禿と言う言葉が適しているだろう。

あなたは三度までの悪行と言う行い、己の愚かさを痛感することだろう。しかし、それを手に対する葛藤苦悶をへて、あなたの善行は、新たに揺らぐことは二度となく始まることを知りなさい。

あなたが誰かを騙して、相手との間に軋轢が生まれようとも、その何倍もの善行、相手ではなくても誰でもいいので、神の七つの掟を行う事で、あなたの三度目までの罪は許される。

あなたは善人になろうと努力するが、その努力にあなたは一度は必ず空虚することになる、しかし、この空虚こそが、あなたを育て、あなたを、あなたが望む善人へと導くこととなる。

俗欲に負けてはならい、甘い悪蜜を舐めてはならない、なすべきこと業の肯定があるのだから。

他者のために生きない者、犠牲を払わない者は、安楽の地である涅槃に入ることは出来ない、天国と涅槃は違うけれど、両方ともに安楽の地であることに変わりはない、だから、まずは他者の為に行為を行う事、犠牲を払うことに全身全霊で取り組むことです。

 

神は見ている

凡夫と言われるような、愚か者になってはいけない。いつも善行を行う者は、大木の神が見たときには、輝いて見える。いつも輝いていることが大切なことなのです。

あなたは、話を聞きながら自己嫌悪に良心の呵責に苛まれているでしょう。神の七つの掟を行わない自分に、もう懲りていることでしょう。

でもね、今日と言う日、この章に出会った今から始めても、あなたはいつか自分を許す日が来るのです。

許すも許さないも、誰かが決めることでは無く、あなた自身が、あなたの行為によって決めることなのです。

神の七つの掟を、今日まで知らなかった者、知っていてもできなかった者は、今日から始めれば、必ず、厳重に戒告することを忘れないことです。

くだらないものへの執着とあなたとは結び付ている、それは捨てなければならない、しかし、ただ捨てたところで、必ず、またあなたに帰っ来る、だから以前にも話したように、瓶に詰め蓋をして、持っておくことです。

非合理的なものを、すべて瓶に詰めて、善行の道を歩く為に、輪廻転生をしてきたことを忘れてはなりません。

あなたは思い出せるはずです、己の胸に手を当てて胸の中の、あなたと言う神が何というのか、聞いてみることです。

 

凡布

過去世迄に犯した罪、今生で犯した罪を、追憶しても何にもならないので、忘れる事が大切です。

その部分を、これから善行として、見知らぬ他者を助けるのです。困窮する者、悩んでいる者、困っている者、あなたが助けられる人は沢山います。助ける時には、必ず、己の犠牲を払いなさい。

己から喪失するものを追いかけてはいけない、己から無くなっていくものは、己にとって不要な物だからなのです。善行汚行ほど、それらのものは喪失していき、そこに、あなたと言う、尊ばれる人が生まれるのです。

親兄弟家族を拠り所にしてはいけない、引っ付く者には、必ず、なにがしかの別れが来る。そう考えれば、愛した者もいつかなくなる。それは、死によってかもしれないし、心が離れるかもしれないが、必ず、離れる時が来るから、拠り所としてはならない。

拠り所とするものは、あなた自身と善行以外にはない。これを守る者こそ、愛する者たちを知らぬ間に守っていることとなるのだから。

 

神の七つの掟と善人

あなたが過去の悪行に心が向いてしまうのは、反復脅迫に他ならない。そのようなものも瓶に詰め蓋をして、持ち歩きなさい。決して思い出すことなど、もうあってはならない。

修証一等と言う言葉があるが、このようなことはしてはならない。一つの所に留まり、ただ、ただ、神に祈りを捧げる、これでは、俗世にいて俗世の者たちに善行を行うことが出来ない。

俗世にいて、己がその俗世に溺れることなく、悪人も善人も助けることが、善行であり神の七つの掟が行えるのです。

座り続けていては、他者への奉仕も何もできない、意味のないことをしていてはならない。山に一人籠っていた者が、その行為では、考究することは出来ない、病に苦しむ者たちを助けられないと、山を下り俗世に向かったことを忘れてはならない。

見知らぬ他者を助けることこそ、善行と言う悟りを開くものとなり、あなた自身が成長するのです。

行ないなさい、他者の為への善行を、行いなさい、神の七つの掟を、それ以外に、あなたは何もする必要が無いのだから。

 

 

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない ヴィーガン

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)