見栄と称賛:第五百三十章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

見栄と称賛

 

見栄と称賛

俗世の者たちは、順調な時には、貧しい者に分け与えても、己の生活が危くなれば、他者のためには何も行わない者となる。

あなた方は、そのような者となってはならない、あなたがあなたのレベルをはかるときに、最もわかりやすい方法が、豊かであろう時にも、貧しくなってしまおうとも、同じ行いが出来なければならない。

不毛な時こそ、あなた方が、あなたを見つけることが出来るのです、豊潤な時に行っていたことが、不毛な時に行えてこそ、善行の右の道を歩く者であり、あなたに与えられた道理なのです。

俗世の者は、儚いことは危険なことと考え、虎口を脱することにだけ智慧を働かせては、同じことを繰り返し、倒れている者の上にさえ、己が救われるなら、踏みつけても行く。

あなた方が、鷺を鳥と言い含めることがあれば、それは、智慧を働かせてしまい、善行を行うためには、豊潤が必要であり、その為ならば、誤り者となることもいとわない者となってはならない。

 

見栄を張る

あなた方が、大切なものを無くし、困窮しようとも、それはチャンスであり、その中にいて、他者のために立ち上がれる者とならなければならないことを、忘れないでいることです。

誠の闇より無暗が怖い者となってはならず、阿呆となって、いつも困っている者に声をかけては、ありがとうを頂く事だけに、喜びを得て、また、一つの罪の償いを終わらせていくのです。

あなたの言葉は、俗世の者にはわからない、ましてや、あなたの阿呆さに、同じ行いができる者は少ない。

少なくとも良い、いつかあなたの善行が、俗世の者を動かすきっかけになるかもしれないと考えることも無く、歩きながら道端に倒れる者を救いなさい。

貧しき者が、他者のために生きれるのであれば、それは尊い者である。その者が、富豪となるときがあったならば、必ずや、他者の為に財を使い切る。だから、富豪と言えども、尊ばれるのである。

 

称賛されたい

不毛な俗世の者は、それでいても見栄を張り、羊頭狗肉と見せかけだけで中身が伴わない、己の姿を知らない。

徒爾である行為ですら、無駄なことと思うことも無く、見栄を張ることも無いから、己の貧しささえ、何とも思うことは無い。

善行を行う者は、見栄を張ることも無く、激しい雨が降ろうとも、傘のない者に、己の傘を差し出す。

見せかけだけの者は、空樽は音が高いというが、よくべらべらと話す者であり、阿呆は、見せかけすら知る由もなく、ただ、歩きながら、困っている者を探しては、善行を行う。

 

見栄を張る男

古に、見栄を張る男がいた。いつも、隣町に現れては、朝からお金が入ってきたと、ひと月分の俸禄を手にしては、町の者たちを集め、お金持ちとして振る舞い、皆に食事を与えては、欲する称賛を手に入れていた。

男が隣町に行くのは、己の住む町では、己が貧しいことを、皆が知っており、見栄を張ることも、称賛の言葉もかけられることが無いからである。

ある時、隣町の者が、用事があって、男の住む町を訪ねて行った。そこで、隣町の者は、すごい金持ちが町を訪ねて来ることを話した。

隣町の者に対して、それはすごい、この町にもやって来てくれないものだろうか、そうすれば、困っている者たちが救われるだろうに。

隣町の者は、それなら、次に、金持ちの男が町に来た時に話しておきます、きっと金持ちの男なら、この町にも来ることでしょう。

 

見栄を張る男と称賛

男は、ただの称賛に飽きてきたところから、浅瀬に仇波と、町の者たちを、己に平伏せさそうと智慧を働かせていた。

男は、己のことを、神と言わせようと、町の者を集めて、中身のない自作の自慢話を話し始めるようになった。

すると、町の若者が、見栄を張る男の話の途中で、その時のことを詳しく話して頂けますか、僕も、同じようなことがしたいのです。

男は、言葉に詰まった。己の話に質問を投げかけるとは、考えてはいなかった。すると男は、今日は質問には答えない、次に来る時には答えよう。と言って帰っていった。

 

神を名のる

鸚鵡よく言えども飛鳥を離れずの如く、これ以上は、巧みに話すことも出来そうになく、悩み続けて、ようやく、質問への答えを出すことが出来たと思い、隣町に出かけた。

男は町の者を集めて、中身の無い自慢話を始めたところで、若い男が、先日の質問に答えて頂けますかと話した。

男にとっては、悩み続けて答えを考えてきたので、永遠と話し続けて、納得させることが出来たと、嘲笑が顔に現れた。

すると、若い男は、また質問を投げかけた、そして、動かなくなった男を嘲るように、あなたの住む町では、あなたのことを貴んでいるのでしょうか。と聞いた。

実は、町の者たち全員が、男が見栄を張り称賛を受けたいがために、この町に来ていることを、若者から聞き、そして、男の全てを知っていた

男はなす術もなく、若者に言った、私への質問は、神への質問であり、神に質問をするとは、不埒な者である。

 

男は神となった

若者は、あなたが神の名を名のること自体が、我々は許せない、あなたのことは全て知っている、あなたはただの見え張りで、称賛され、私達を平伏せさせようとしていることは、この町の全員が知っているのです。

男は、二度と隣町に行くことも無く、己の振る舞いに恥じ、本当の意味での、貧しき者が、貧しき者を助けて歩くことにした。

男は、見栄を張ることが無くなったことで、軽い足取りで歩きながら、困っている者を助けることに、感謝を覚え、感謝に、また一つ善行を行いながら、棺に入った。

見栄を張る者は、所詮透けて見えるのである。何故、罪の償いの為に、この世に来たというのに、見栄を張り称賛を受けたいと考えるのか、悲嘆にくれる。

 

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

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