第二百六章:駁撃と蜘蛛の生涯

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駁撃と蜘蛛の生涯

 

ミスを犯すのが人間

 

何かの折に、人々は集まり話し合うことがある。あなた方にもあることでしょう。その時に、駁撃をしてはならない、駁撃とは、他人の言論に欠点ばかりを見つけ、本質を見抜くことが出来ず、相手を責め立てる者のことです。

人はミスを起こすことが多々あります。しかし、どんなミスであろうと、その人の話すことが本質から逸脱していない限り、間違いは自分の中で正しく直し、最後まで聞くと、素晴らしい話であることもあります。

そして、後でこっそりと謬舛ことミスがあったカ所について教えてあげることが大切です。それを拒む人だったとしても伝えるのです。ここで、何も言わないで立ち去る者は、責任という言葉を忘れているのでしょう。

 

蜘蛛は虫に教わる

ある蜘蛛が、張り詰めた糸に自分よりも小さな虫を捕まえました。

蜘蛛は、しめしめという思いで、虫が絡む糸のところへ来ました。そして、食べようとした瞬間に、その虫は、蜘蛛に話しました。

今、私を食べれば一時の空腹は満たされるでしょう。しかし、また、次に虫が糸に絡むとは限らない、それではいつあなたは食べ物以外に行いたいことがあっても、食べ物のために、生涯を終わらせることになりませんか。

虫の話を聞いた蜘蛛は、虫さんの言うことは確かに間違ってはいません。では、どうすれば、食事のことを考えない時間が持てるのですか。

虫は、地上に降りましょう。地上には草や樹液や花の蜜など、いくら食べても食べきれないほどの食べ物があります。そうすることにより、食べ物のために時間を費やすことなく、大切な蜘蛛さんが行いたいことができるでしょう。

しかし、どれも蜘蛛さんが食べられるものでなければ、そこで私を食べて下さい。

蜘蛛は、その話を聞き虫と一緒に地上におり、虫の案内で一通りのものを食べましたが、口には合いませんでした。

蜘蛛は考えました。せっかくここまでして私のために沢山の食べ物を探してくれた、虫さんを食べることは出来ない。

そして、何よりも食べられないわけではなく、口に合わないだけです。私が我慢をすれば、私の欲しかった時間が与えられ、虫さんのためにもなると考えました。

これからは、地上で暮らし花の蜜を一番の好物にしようと決め、他の植物も合わせて、生涯をかけて、口に合うことは一度もなかったが、自分のしたかった別のことができたことに感謝して、生涯を終わらせた。

良い行い

人間にも言えることです。茨の中にも三年の辛抱と言います。辛くとも我慢して、良い行いを続けていれば報われるということです。

私の言うことは、良い行いを三年続ければ九年続き、九年続ければ一生続くということです。

そして、天国という場所で有卦に入ることができるのです。

良い行いを続ける者は、徳慧者となり、他者を同じように導かねばならい。そして、世の理を残し、次の者が道をはずさないように、生涯をかけ、ある時には書き換えられない書物を残すことも立派な行為です。

人は人を食い物にすることがあります。それらの悍ましい行為に目を背けずに、食われる人の代わりとなり、あなたが食われることです。

あなたが食われれば、あなたは人のためになったのです。人の代わりに食われるほどのことが起きても普段の生きる目的が神の七つの掟を守ることであればこそ、椿事にも心乱れぬ、躊躇などいらない人となっているのです。

坂道を上ることが大変なのではなく、下ることが大変なのです。坂道を下れば来た場所へ戻ることはありません。犠牲になった者は、坂道を下り、神に出会ったと人も言うでしょう。そしてそれは事実であり天国で神に案内されるのです。

敦尚(心からあがめうやまう)の思いで尊び、大木の神の案内で、見たこともない自分自身が溶け込みそうな景色、そこに映る自分を見て神になったことを知るのです。

何もしない荏苒ではなく、決してできないことがないのに、残念ですが諦めて何もしない者もいる。「せっかくのチャンスだけれど、それだけじゃ生きていけない」とか、「人のために、の前に自分のことをしっかりと戒めなければ」と答えを先延ばしにする者。

あなたのためのあなたの戒めは何か、それがわからずに、逃げるように「まずは私への戒め」と言う言葉を使う愚か者になるのでしょうか。

あなたが今大変だからこそ、目を向ける方向を、自分ではなく他者に向けるときなのです。

それがわからずに、他者のために良いことがしたい・・・・・・そのためには自分の戒めを、・・・・・・愚かで残念です。

あなたの欠点はそこにあり、あなたの耳元でささやく人を探す以外にはないでしょう。いつも私の言うように、君主を探すか、どこかの宗教の門をたたくか、自分の戒めが、何をすることで、自分で解決できるのか、考えることが大切です。

 

虫が蜘蛛を案内

蜘蛛も、一匹の虫のおかげで大切なことは何かを知りました。わかりますか、虫の案内の元で、蜘蛛は初めての口に合わないものを、虫に見られないように吐き捨てていました。

それでも蜘蛛は、己の空腹の苦しさをただ癒すのであれば、前を歩く虫を食べればよかったのに、それをせずに、虫の思いを酌んで食べるどころか、学ぼうとして、最後は生涯をかけたのです。

荏苒(何かしたくても時が過ぎる)そして、間違いを耳元で教えてあげない、あなたには許されていることと思うかもしれません。でも、それは私が許さない。

坂道を上ることしか考えない者がいる、しかし、坂道とは欲望を手に入れる事なのであり、坂道を登り切れば、そこには求めるすべてがあると愚か者は坂道を上るのです。

ただ、坂道を上ることこそ今であるという時があることも忘れてはなりません。

 

 

いつしか二人は友となり、虫は死に、蜘蛛は我慢をしたからこそ自分の行いもできたと虫に感謝して、それから数日後に蜘蛛もこの世を去った。

大切なものとはやり遂げそして裁判官の前で自分が右と左のどちらを選ぶかにあります。

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身より

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身の言葉を皆様に解るように変換して書くものです。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

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