第二百十一章:漢字は形を見るだけ

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂き、次はどの章から読んでもかまいません。但し、必ず、全ての章を読むこと、それが絶対の約束です。

 

漢字は形を見るだけ

 

漢字や難しい文字は読まないで感じるだけ

ある方が、相談フォームから私に手紙をくれました。
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神の化身様へ

漢字が難しいです(笑)

いつも、あなたの話を楽しみに読んでいます。
私は、神の化身様の話の中で、このようなことを話されていて、多くの人は理解されているのかと、よく考えることがあります。私の会社には社員食堂と、喫煙室があり、タバコを吸う人は食後に私を含め喫煙室でのんびりしています。私も、いつものようにタバコを吸いながら、こちらのサイトを見て、読みふけっておりました。すると、隣にいた同僚が「おい、それ俺も読んだ」と声をかけてきました。彼が言うには、40数章あたりで読むのをやめたそうです。理由を聞くと「全体的に書いている内容が分かったから」と答えました。確かに、40数章あたりまでは、こんなものかという感じでしたが、そこを過ぎて進むと忘れましたが、何章目かあたりから、読むことが自分に取って学ぶことになり、今では読み返す事や新しいページを読んだりという感じで、日々学んでいるのと号泣するページなどもあり、更新されていない日などはがっかりで、午後の仕事に力が入りません。
ここまでは、私の感想ですが、だからこのサイトで40数章あたりで、それ以上は読まなくてもわかるという勘違いしている人が多くて読むのをやめてしまう人が多いような気がしますが、それでもいいのですかあと聞きたいことは、人殺しの話やいろんな話は事実ですか。
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難しい文字は、無理などして読まなくてもよいのです。

最近は、代筆者が気にかけて解釈やルビをつけるようにされているが、漢字の形には意味があるだけで、読めればよいけれども、読むことにあまりとらわれすぎることはありません。
なぜ、難しいと思う漢字なのか、そこには、その漢字に秘められている形の意味が必要だからなのです。

漢字は読めない私はひらがなというものもわからない。ただ、私は代筆者にインスピレーションで話しているだけで、それを受けた代筆者が、理解して、私が必要であるから書いている形の漢字なので、難しければ読む必要はありません。

但し、その漢字の形を感じてほしい、そのためにインスピレーションがある。何も考える必要など全くない。形だけ見て、とばして読むことも良い方法だと思います。

そのうち、解釈やルビも外しましょう。形で感じるようにするために。ただ、読め意味が解ればよいことに越したことはありません。

神も読まない漢字

次に、あなたの言う、途中まで読み、全てがわかったように話す者がいても、その者は、それで理解ができたのだから、良いことだと思います。

ただ、残念なことは、最初のページにも書かれているように、最新から読もうが、はじめから読もうが、途中から読もうが、全てを読まなければ、時間を無駄に使ったことになるので、それは申し訳なく思います。

私の話が、面白ければ、きっと最後まで読まれたのに、真実の話はつまらないものだから、致し方無いことなので気に留めたあなたの方が、私よりも優れているのです。

次に、私の話に出てくるものは、例え話を除き、すべて事実です。事実だから、つまらないのでしょう。

 

それでは、せっかくなので、つまらない話を書いておきましょう。つまらなくて立ち去ってもよいのです。

案の中でも濡れているもの

浩然(心がゆったりしている者)とするものが、空を眺めていると淋雨(しとしとと降る雨)が続くことに気が付きました。

しかし、降り始めて数時間は経っている。

来ている服もびしょびしょだ。でも、浩然の者は、気に留めることもなく、石段に寝転がったまま、起きることもない。

通りがかりのものが、風邪をひきますよ。と声をかけても「ありがとう」と返すだけで、また、数時間その場から離れることもなく。

雨は良いな、風が吹かない限り、天からまっすぐに進んできて、地面とぶつかり、屋根とぶつかり、人とぶつかり、だからと言って怒る者もいない。

もし、私が誰かに真正面からぶつかれば、相手は怒るだろう。相手によっては手を出す者もいるだろう。

でも、雨は違う「ちくしょう、雨か」と言われるだけで、殴られることも、説教されることもない。

大好きな洋服に、降り注いでも、傘を持ってくればよかった。と反省されるだけで、雨を責めるものもいない。

でも、雨の側に立てば違う。垂直に落ちてくる雨は、地面すれすれで震えながら、恐怖に戦きながら、地面に衝突をする。そして、死を迎えるのではないかな。と浩然の者は考えた。

夕方の明かりと、日の出の明かりは、もしかするととても似ているかもしれない。但し、ほんの一分程度だけれど、そうすると、雨とオシッコは似ているかもしれない。浩然の者は考えていた。

でも、雨の匂いを知る者はいるのだろうか、と浩然の者は考えの答えが見つけられないまま、両手でお椀を作り雨が溜まるのを待って、臭いをかいでみた。

浩然の者は、その時に雨を知ることができた。

雨は、地上に落ちる前と、ずっと高いところにいるときでは、全く匂いが違うだろうと、それならば、もっと上の雨の匂いを嗅いでみようと考えたが、空を飛ぶことができないので、山を登りました。

そして、その山の中腹で一回、頂上で最後の一回お椀を手で作り臭ってみました。

浩然の者は、違うことを確信したのです。

浩然の者は、きっと高く昇れば、もっと違う匂いを感じることができるだろうと、空を眺めました。

雨雲の空を見る

その時、彼は泣いている自分がいることに気が付きました。高いところから、高いところへ、きっとそれを繰り返せば、天国に行けるのでは、そう思うと涙が止まりませんでした。

その時に、雨が話しかけてきました。浩然の者よ、天国に行きたいのかい、天国は、あなたの近くまで来ている。

天国へは、高い山に登る必要は全くない、いや、かえってそれでは天国から遠ざかる。もう一度、私が地面にたたきつけられるとあなたが思う場所まで戻り、あなたの取り柄である、ゆったりと雄大な心、心の穏やかさを、沢山の人に身をもって伝える事です。

山の頂上にいては、誰もいない、すると、あなたの素晴らしい性格も無となり、神はあなたを天国には導かない。

浩然の者は、雨が話すことには何の疑問も持たないまま、山を下りることにした。降りて見て気が付いたことは、人が多いことと、悪臭、でも、その悪臭とは欲望や騙し合いなどであることは浩然の者は知ることになった。

一度、離れたところから、俗世を見ると、初めてわかるものだと感じた。

浩然の者は、でも、私に何をさせるために、このような喧噪の場所に降りるように言われたのだろう。

「あなたの取り柄である、ゆったりと雄大な心、心の穏やかさを、沢山の人に身をもって伝える」その意味は、考えることは無いと思い、天国にいると言われる神に、私は近くまで来ているとのことなので、ここにいる事には意味がある、きっとあると思う。

雨が、また降り出した。浩然の者は傘を持っていたので、すぐに傘をさした。でも、数日前の雨とは違い、篠突くのように降ってきた。

先から来る者が、傘がなくずぶぬれで歩いてきた、浩然の者は何も考えることなく、この傘をあげますといった。

その人が「あなたはどうするのですか」と聞いてきた。浩然の者は、雨と話をする必要があるのです。と真剣に答え、歩き進んだ。

神の化身と話したいので雨を待つもの

浩然の者は、雨と話した。雨は、浩然の者よ、よくぞ人のために行いができた。これからもそれを続ければ、天国へ行き、神と会えることだろう。

浩然の者は、そうか、人のために何かをすることで、私が、山を登るのではなく、天国が降りて来るんだ。そして、神のところに上ることなく会えるんだ。

浩然の者は、心がいつも動じることなくゆったりとしているので、自分だけのことを考えたことがない。

だからと言って特段人のことを考えて行動しているわけでもなく、考えていることは、天国とは神様とは、漠然としたことのように聞こえるが、浩然の者は、それを考えている時間が最も楽しい。

 

あなた方は、浩然の者が、せっかく雨の話をしたのだから、笑いながら、雨の日に、傘を持たぬ者に傘を差しだしなさい。

だから、神の化身は雨となり、浩然の者と会うたびに、七つの掟を話したが、神の七つの掟のいくつかを、伝えなくても浩然の者は出来ていたことが、神の化身は何よりもうれしくて、これからは、時々雨になり、あなた方と話をしようと思った。

どうだい、神の化身の私の今までで一番つまらない話になったかい。そうなれば何よりだ。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身より

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身の言葉を皆様に解るように変換して書くものです。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

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