第二百十四章:槍を放つ者

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂き、次はどの章から読んでもかまいません。但し、必ず、全ての章を読むこと、それが絶対の約束です。

 

槍を放つ者

 

宗教戦争

 

戦争は良くないことですね。と私に尋ねられれば、特に悪いことではないというだけです。

戦争は、自分の国を豊かにするため、自分の名誉を高めるため行われますが、最も多い戦争の理由は、宗教です。俗にいう宗教陣地取り戦争です。

戦争は、民間人も兵士も関係なく、命を終わらせる。民間人も巻き込むのは、当然のことながら民間人が、自分たちと違う宗教を持っているからです。

これは、あなたの知る宗教が起こしてきた戦争の中でも最も長い戦争と言えるでしょう。私の・・・教を信じ、それに仕えなければと戦い奪い取り、自分たちの宗教に改宗させていくためです。

改宗されない者は、淫刑に処され淫威(大きな勢力)とは戦うことはできなかった。

今は、この宗教は戦争は行わない、とても良い宗教という顔を持ち、そのようになろうと皆が努力している。まさか、一番大きな宗教戦争が自分たちだとは話さい。

それは、もう十分に陣地を取り、取りすぎたがために、同じ神の名で内紛、分裂を起こしている。

キリスト宗教戦争内紛と分裂

時の宗教とは神に仕え、神の教えを伝えるものとされていました。その神の教えを、時の指導者が信者を集めるために、教えを書かれた書物を改ざんし、いい様に書き換えられているのです。

今は、書物の書き換えは難しいために、変えられることはありませんが、ある時は、指導者が変わるたびに書き換えられて、元はどこに行ったのだろうという時代もありました.

時が改ざんできなくなると、内部分裂を起こして、意味の違いと改ざんされたものは、相手の書物であり、私達の書物は改ざんされていない。として信者を集める。

大木の神は、たったお一人です。しかし、天国に行けば、全ての者が神となり、大木の神の枝の上に座るのです。

どれだけ地上で憎しみ合い、戦ってこようとも、神の七つの掟を守り継続し続ければ皆同じで、右の緩やかな坂を上り神となるのです。

但し、地上で罪を犯し、七つの掟も守らない者は、残念ながら左の坂道を下り、地獄へ自ら裁判官にお願いしていくのです。

だから、天国に行けるのは、次の輪廻転生で七つの掟を守り、敵同士だったことの愚かさに神の世界で、ジョークに花を咲かせるでしょう。

でも、決して戦争が悪いわけではありません。

輪廻転生時に決めてきた時間が来たから、戦争で死ぬのであって、これは時が来たからです。

旅客機の墜落で、大勢の人々が亡くなるのと、戦争で亡くなるのと、亡くなる、死ぬということには何も変わりません。

ただ、問題なのは、それまでに七つの掟ができていたのかどうかです。

早く死にたい人が、どこかの国へ行き戦士となり、決めてきた時間が来て死ぬのは良いのですが、それまでの間に、止まることなく七つの掟を守ったかどうかです。

自ら戦争に命を捨てに行くもの

 

話を戻し、陣地取り合戦は子供にとっては楽しく遊べるのです。

しかし、これを権力のある者が行えば、陣地取り合戦は、命取り合戦となります。

そして、少しでも自分の宗教、信仰する者を増やすために、そして相手の信仰者を減らすために、命を奪う宗教戦争は終わりを知りません。

神の名のもとに、と勝手に神の名を使い、戦争を起こす者たちは、小さな石ころのような人たちです。右にも左にも前にも後ろにも、子供に蹴って遊ばれる、時には水切りとなり、最後は深く沈んで、儚くも苦しみながら死ぬこととなります。

それは、神を知らないのに、神の名を使い、神のためだと嘘を言い、人を殺したからです。
神の元へ行かせるために人を殺すのは良いことですが、問題は殺された人が、七つの掟を例えば三つまで守り、後の四つを達成しようとしている時に、殺されれば、殺した者の罪は大きくなります。

己が信じる神を、侮辱されても濡忍(耐え忍ぶ)することが、己の信じる神の教えであると、そのような説法(仏教に限らい・説法)を説く君子の教えにしたがうことが、良いことです。

信じる君子の教えを守り、相手が戦いの狼煙を上げ、槍を投げ込もうとも、いつか相手の槍はなくなり、宛延(終わりなく長く続く)と続くものではない、だからこそ、槍を放つ者に、槍で返すのではなく、その場を動かず。死ぬ覚悟で、敵を傷つけたりしてはならない。敵の胸の中にも神がいるのだから、神を殺すのですか。

敵陣に槍を投げ込むもの

今、この時にやってきた槍こそが、神であり、困難から逃げなかったあなたを褒めたたえる事でしょう。

 

ある戦争で、敵の宗教が居座る陣地を取ろうと、君主の命令で慧悟のものが作戦を立てました。

そして、この戦いは厳しいという答えになり、君主に、まず、私一人で行き、相手の君主と話してきましょう。そこで、彼らが私たちの神を受け入れないのであれば、次の作戦を考えましょう。

慧悟の君主は、受け入れなければ、お前がそこで殺されるかもしれない、その時には、どうする、黙って一旦引き下がって下さい。私たちが戦いの準備をして、目と鼻の先にいるというのに、私を殺せば、こちらが乗り込んでくることくらいわかるでしょう。

それでも私を殺すならば、相手はよほどの軍隊を率いていることになり、我々の部隊では、厳しいという証拠になります。

もし、私が話し終えて帰ってきたとしても、相手が我々の神を今すぐに受け入れなくても、相手の懐に入ったのですから、弱み強みを握った事になり、作戦が立てやすくなります。

そして、慧悟の者は帰ってくることは無く、危険を察した慧悟の君主は引き返すことにし、二度とこの国に足を踏み入れることは無かった。

慧悟の者

慧悟はというと、相手の君主と話している間、相手の君主が、私の君子であれば、この不要な戦いで、この国を制圧し、改宗させることは無かっただろうと考えながら、君主の説く、人の幸福、神の世界に聞き入っていた。

この国には、この宗教には、軍隊などなかった。

 

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身より

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身の言葉を皆様に解るように変換して書くものです。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

Copyrightmc 輪廻転生.神 All Rights Reserved.