第二百九十四章:善と不善

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善と不善

 

善と不善

無為という言葉があります。この言葉はいろいろな訳され方があり、単純で多いものは「何にもしないでいる」「ただ、ぶらぶらしている」などでありますが、実際には、人為的作為、自然に逆らう行為などは行わないという事です。

聖人も、時として無為であり、そのため聖人は次のようにも説く、善あるものは善であり、不善である者もこれ善である。

これは、たとえ人が心の神を抑え込んで、不善を行ったところで、結局は善の力で自分を後悔の道へと誘う。だから不善も善であると説く。

人は不安という何かに追いかけられているように思うことがあるが、その不安というものを作り出したのは自分自身であり、それならば、それを消せるのも自分自身であります。そうであれば怯えることもなければ、逆に、それは自分を成長させるために現れたものなのです。

先知先賢とは、先を読み、過去の聖人の話に耳を傾け、己の足元を知るという事ですが、果たして、過去の聖人の話が正しいのか、先を読む己の目が正しいのか、足元を見て、一歩目を踏む出すことが大切であるという事です。

何事も旧習に依り、旧習を真似てはいけない。旧習は失敗作であり、それを見て、同じ轍を踏まぬことを学ぶことこそが、神に近づける者となる。旧習が正しいと烏が鳴いても、決して耳を傾けてはならない。

 

 

穏やか

陰かに徳行を積む者は、人前での努力も惜しみなく行い、その方法を教え、そして、みなが去った後に、一人だけで、人に見えないところで、人のためにさらなる努力をする者だけが、徳を積む者であり神に近づける。

円なる薄明かりの先を見る者は、心穏やかな者であり、何事においても、騒ぎ立てることなく、悪も善も同じように受け入れ、悪に対しては優しく道を説く。

故きを温ねて新しきを知るという言葉は、先に話したことと似ている言葉で、人の過去は失敗の繰り返しで成長は遅々としていたが、それがあったからこそ、間違った行いを知り、新進と走り始めることができるという事です。

神へと続くきざはしを登るものは、決して後ろへと下がってはならない。且にとりあえずでは、魂の進歩はない、往古にはここが最後と縁を切り、人を一人助ければ、一歩進めて、二人助ければ二歩進めて、三人助ければ三歩進める。

鵬程万里もいつのまにか、時をかけずとも、万人が遥か遠くにあるからと、休みながら、戻り行く者もいる中で、神の掟に順う者だけが、鷲にまたがり飛ぶように最終の石を踏むことになるのです。

 

 

凶音

凶音が来ようとも、泰然たる立ち振る舞いで後ろに下がってはならない。それらのことはいずれにしろ起こることなのだからと辛酸に足を止めていてはいけない。進みなさい。

神を自分の都合よく作り上げ舞文弄法のような解釈を理論を組み立て、論理に敵っているかのように話す者が行く手を阻むこともあると思いなさい、そんな似非に惑わされてはならない。天の道の最後の石を踏むまで、流されてはいけない、誘惑に負けてはいけない。

漆は剥げても生地は剝げぬというように、天を目指し、天国を目指し進んでいる者にとって、剣をもって襲い掛かるものがいても、動じることなく肉体を切らせてあげなさい。所詮天国に行けるのは、肉体ではなく、剣でも切れぬ魂だけなのですから。

いかなる恐怖が行く手を塞ごうとも、襲い掛かろうとも、絶対に退かず、絶対に暴力や言葉の暴言などを、相手にかけてはならない。相手が納得するまで剣で切らせ、言葉で嬲られなさい。

いつも身を忘れることなく、進む道で困っているものを見たら、声をかけ、いつものように手助けをして、この時だけは、相手に沿って戻る道になったとしても、それこそが、神の七つの掟であり、それをせずに、ただ前に進んでも、最後は左へ降りていくだけになります。

進む道とは、神の七つの掟を行う道であることを忘れてはなりません。

あなたが常に他者に対して、平平坦坦と接していく限り、あなたに追随するものが現れ、一人でも多く人を率いて神の道へ、神となることです。

もう、ここまで来たら乱世で信念を曲げることはないでしょう。晴れた日には空を見上げて雲を見る。たとえ一分でも、そして、どこが天国かと想像してみるのも楽しいことです。もうすぐ、あなたが行く世界のことを考えれば胸がわくわくすることでしょう。

 

 

神にに迎えられる

気を付けるべきことを一つ、今は勢いがよくても、尻窄まりとなり、俗世に流されないように、いつも自分のことを自分で管理しておくことです。

古くからの習わしをあまりに守りすぎると、天国は遠くなることを忘れてはなりません。古くからの習わしを守りすぎたものが多いから、左へ行って輪廻転生していることを忘れてはなりません。

困難に出会ったときには、くだらない策を練ることなどせずに、その困難に自から進んで近づいていきなさい。困難というものは、やってくるものです。その時には、こちらから近づいていくことです。

いかなる侮蔑、屈辱を受けたとしても、喜んでお受けしなさい。それは、あなたを成長させるものなのであり、何度も言うが、それで相手が笑顔になれるのなら、何もせずに相手を喜ばすことができたのだから、神の七つの掟につながり、あなたの胸の中の神が喜びます。

私は神の七つの掟という真理を説き、あなたは人として正しい道を神の七つの掟を道しるべとして進む、それが、私とあなた方との道理です。

辛苦遭逢に、これからも出会う者がいる。それらは神の七つの掟を半ばあきらめている者です。でも、その者たちの救いは、神の七つの掟を捨てて、神から去り俗世で楽しむことで救われるでしょう。

しかし、神の七つの掟を道しるべに進む者は、碩いなる師を持っていることになる。その師が、あなた方を右へといざなうのです。守りなさい、難しくはない七つの掟を。

あなた方が到着する世界は、皆争う事のない友の集まりです。まさに莫逆の友の集まりでできている世界なのです。

右に進み大きな扉が開くと、数十メートル先に笑顔であなたを迎える者がいます。彼は、あなたにハグをして、やっと来たね我が子よ、と仰られます。その方こそ、大木の神です。

そして、あなたの座る場所は、あなたにはわかり、そこで一休みすると、あなたのために宴が始まります。あなたのための宴の席に、大木の神があなたの隣に座られているのです。

 

 

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身より

神より

「我が子よ、最新の数百章のページ程度の新しい章から読めば、最初のページから三ページ以上づつ読みなさい。そうするといつか近づく日が来る。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身の言葉を皆様に解るように変換して書くものです。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

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