第二百十二章:死ぬために生きている

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂き、次はどの章から読んでもかまいません。但し、必ず、全ての章を読むこと、それが絶対の約束です。

 

死ぬために生きている

 

死ぬために生きる証

あなたは誰の役に立っていますかと、聞いてみた。

すると、あなたのためです。と答えたので、これは面白い答えだと思って、少し深く聞いてみたくなりました。

普通は、自分や、親族や、周りの人や、友人ではないのですか。

彼は、そのためには、あなたのために生きなければならないのです。

私は、私のために生きなさいとこの世のものに言ったことは無い、どうでしょう。

ただ、この世には沢山の過ちの信仰というものがあり、見も知らぬ神の名前を使っては、お金を集めている者は沢山います。

私は、宗教家でもなければ、当然ながら信仰されることは全く望んでいないのに、なぜ、私のためというのでしょう。

あなたが貧しい者の手を取り、お金は無いけれど、この果実をあげようと渡されていました。

私は、お金もなければ、何もないけれど、やっと見つけた食べ物を赤の他人に渡すことは出来ません。

だから、あなたを私の信仰神と決めたのです。

若者よ、それは違う。私を信仰しても何も得るものがない。

若者よ、あなたが苺の実を探し、貧しいものに捧げなさい。それは、私とあなたが同じだという証拠にもなる。

但し、若者よ、それだけでは足りない、私があなたに見せてはいない口先だけのものかどうかを知るために、私の言うことを守り、三年後に会おう。

果実を貧しいものに捧げる

若者は、教えに従い、三年間を過ごした。けれど、信仰者となった者は現れなかった。

若者は、信仰者のいると信じる空に向かって手を合わせ、私を試していただきありがとうございました。と、彼は涙と共に言った。

人は、純乎(混じりけがない)のときにこそ、つまらないことを気にしないものなのです。悲しいかな「私の知恵が正しい、細かなことでもすべて百でなければおかしい」と考えることもある。

若者には、そのようなことは一切なく、いくつかの進むべき道を持っていた。

数えればきりがないほど、賑済(貧困者に施しをすること)や鴻恩(大きな恵み)が皆に降り注ぐことを願っていた。そして願うだけでは何の役にも立たないことを教わっていたので、一生懸命汗水たらして行動した。

人はいつか亡くなる、亡くなる方法は、それぞれが輪廻転生時に決めてきたことであり、それを止めてはいけない。

戦争であろうが、事故であろうが、殺人であろうが、病気であろうが、老衰であろうが、小さい年であろうが、青年であろうが、老人であろうが、自殺以外で死ぬことが望ましいことであることを、青年は知っていた。

戦争とテロ

青年は、鶯友(とても仲いい友)が、亡くなろうとも涙を流すことは無く、小さな声で「おめでとう」といった。

何故に、この世に輪廻転生をしてきたのかを、青年は知っていた。

そして青年は、自国でテロが起こり、亡くなった。

青年は、自分の亡骸を、信仰者の横で見ていた。

信仰者は、じゃあ行こうか、と青年の方を抱いた。

青年は、テロであろうと戦争であろうと、苦しまないで早く亡くなり、同じ道を歩んでくれればいいのにな、と思いながら、見る景色を皆にも見せてあげたいと、そのための力になろうと、信仰者に聞いた。

信仰者は、では、これから話すことをよく聞きなさい。若者よ、まだ、俗世にやり残してきたことがあることを知っているのかい。

そして、信仰者は、地獄を選択する前に、神の七つの掟を話した。若者は神の七つの掟の中で、大きな二つを忘れていることに気付かされた。

若者は、信仰者に「ありがとうございます」といって、裁判官の前を取りすぎ、左の坂道を降りて行った。

最後まで若者は振り向くことは無かったが、信仰者は鵠企のごとく、最後の最後までつま先を立ててまで、見ていたのが、若者と信仰者の最後の日となった。

信仰者は、笑いながら意気軒昂(奮い立つ)で千年後に地に降りて、そして次は神となるであろうと、さよならと思いながら、次の自分のやるべきことへ思いをはせた。

世の中には、奇跡や魔法や馬鹿げた怨念などはありえない、まとめていうのなら鳥白馬角(世の中には絶対ない)ことに惑わされては、若者のようにはなれない。

肇香(香が澄みきっている)を思いっきり吸い込み、笑顔になるには、神に手を合わせたり、ありもしない鳥白馬角などは、完全に馬耳東風として、吸い込む香りを楽しむことが大切であると知れば、七つの掟など必ず簡単にできることを知るのです。

いくつかの章で話したように、戦争も交通事故も、いかなる死に方も、自殺以外は、自分で決めてきた死に方なので、周りの者たちも涙より「おめでとう」と言ってあげなさい。

人は、生まれ変わり、二度と生まれ変わらないと輪廻転生をする。しかし、学ぶ者は少ない。

神は、それを一番悲しんでいる。

神は、さて、あなたから何かを取ったでしょうか。お金や宝石や宝物を取ったでしょうか。持ってきなさいと言ったでしょうか。

それらを捧げれば、解脱できると言ったのでしょうか。

神は皆のもとで、逆に、手に肩に重い荷物、それはお金や宝石や宝物を持ってみますか、と聞いているだけです。

どうして神に、そのようなものが必要なのでしょうか。

私が神の化身として、伝えてきている中で、お金や宝石を出しなさいと、言ったでしょうか。

宝石は不要

そんなものは神には必要がないし、お金の使い道も知りません。

私の言葉を代筆している者にも、お金を差し上げたことがない。けれど彼らは、仕事がなく、わけのわからない金貸しから、お金を借りたり、それを借りて助けて頂いたりして生きている。

でも、私にはお金が要らない世界にいるから助けることができないのではなく、助けない。

彼らをお金で助ければ、ここに来た貧しきものすべてにお金を渡さなければならないが、お金を知らない神と神の化身の私には、すれは不可能なことです。

貧しくて、飢餓で亡くなるのなら、それを選んだのはあなた自身なので、それは良かったことなので「おめでとう」と言ってあげるのです。

皆が、幻の話や、洗脳などという愚かでばかげたものに、楽しみを覚えませんように。

そして、人は生きているために死ぬのではなく、死ぬために生きている、ことを忘れてはならない。

 

誤解が無いように伝えておきます。これは、すでに、第十四章:「宗教」に頼ることについて、で話しているので、過去章で話したことを、あまり引き出したくはないので、過去章をお読み頂ければ本来は良いことなのですが、その中に、信仰する寺院等にお布施をすることは必要なことです。と書いています。これは、建物の維持や、そこで皆の代わりに働く者のためだからです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身より

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身の言葉を皆様に解るように変換して書くものです。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

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