全てを受け入れる心:第三百十八章

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全てを受け入れる心

 

神と徒と受け入れる

今日は下記のような内容のお手紙を頂きました。
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いろんな宗教を渡り歩いています。
その中で、助けてくれるのは、神の化身しかいないと思いました。
助けてください。
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仰りたいことはわかるのですが、この方は神の七つの掟を全くやっていない。それで、私しか助けてくれる人はいないというのは、まったくおかしな話であり、私には何も助ける力などないので、私に頼られても不可能です。

私が背中を押してあげることができるのは、まだ、このサイトに来ていなくても、私を知らなくても、必ず、神の七つの掟を守るために来る者となる人と。

すでに神の七つの掟を守り継続している者だけです。

今回のご相談は、徒なのです。

でも、このような徒でもかわいいし、かわいそうだし、このままだと哀れな最期を迎えます。

人を育てたいという愛情で、相手を試すのは決して悪いことではありません。

しかし、それ以外に徒で相手を試すことは、人として許されることではありません。

私の教えは、きわめてわかりやすく、きわめて守りやすい。

それが、神の七つの掟です。

されど、これを心の底からわかる者は、まだまだ少ない。尚更、理解し行う者は、まだまだ少ない。

それは、私を理解できず、疑うからである(何度も言ってきているが、私のことなど信じる必要などない、必ず信じる日が来るのだから、それよりも神の七つの掟だけは信じてやり遂げなさい)。

だから、類稀(数も少なく、大きな括り方から言えば、珍しい)な者だけが、そこから抜け出て、喜びを享受でき、顰みに倣う(誰かに倣ったことを、善も悪もわからないまま行う者のこと)ことでよいのだから。

あえて大きな物事をすると言う構えをとることをやめることです。

危険な綱の上を歩く、渡人になるようなことであるだろうか。

犯罪を犯して、いつも怯えなくてはならないことなのだろうか。

あなたが死ぬかもしれない、慄く(おののく)ようなことなのだろうか。

あなた方みんなが、喜んで、楽しんで、そのもっと先の大きな喜びまで、背中を押すのが、あなたの後ろにいる私であり、私はいつも、いつの時にも、あなた方皆の喜びの後ろにいるのである。

喜びや、楽しみは、あなた方のものでしかない。

 

 

燃える日

あなたはいつまで、しゃがみ込み、膝を片手で抱いて、犯してきた罪科を数えているのだろう。

幾つ年が流れ、いつの日か亡くなる日が来ることを知らない、いつまでも年を数えられない、稚拙(未熟者であり、ヨウチそのもの)なのだろう。

いつの日か、あなたが燃える日が来るのだろうか。あなたの今は世の中にいるのだろうか。

あなたが、手に入れたくて仕方がない一つのものがあるのなら、手に入れた後、失う事の恐怖を考えていないからである。そのようなものに時間を割いていてはいけない。

あなたがいつまでも、拱手(何もしない者、動こうともしない者)である人でいるのであれば、私の言葉が聞こえていても、感じることは無いのです。

しかし、拱手だからこそ、有益(受け入れて、ためになる人にもなりえる)になることをいつか必ず知る日が来る。残念だろうけど。だから、私の話を聞き行動する。残念だろうけど、それも笑顔で。

 

 

神に近づく

精髄(物事や魂にとって最も重要な部分)の向こう岸に、真理があることを知る、そこに達することが人としての終焉(もう少しで天に召されること)が来たことを教えてくれる。終焉とは輪廻転生の終わりであり、神になるという事なのである。

この世をあなたが平明(はっきりとした目で、わかりやすいことを知る)と見たときに、あなたは神のほんの少し一%くらいがわかり、そうすれば、溟濛(暗闇の中の黒い雲)さえも受け入れることができる、

あなたはあなた自身の肉体の身勝手さを統御(思い通りに支配すること)しなければならない。

それは、いつの時も、ゲームのようなものだ。常に勝ち続ける旁魄(広がりまじりあい受け入れて一つになる)を受け入れることで、あなたはゲームの製作者となり、思い通りに動かすことができることで、肉体に負けることなどなくなる。

あなた方は、掟を守るために聖(特別に何かの技量をつけよう持とうとする)になる必要などない、聖などは必要もなく、そのための勉に時間をとられていては、掟を行う時間さえなくなる。

あなたの守るものは、暮色(暮れかかる空はいつか見えなくなる)が、いつかなくなるような儚い空の暗闇となってはならない。

しかし、それすらも、受け入れることこそが聖人であり、神にまた一%近づいたことになる。

ここまでの話は、今回の徒さんが、徒さんでなくなり、他者のために生きること、神の七つの掟を守ることを知るために話しましたが、まだ、できていない人へのメッセージでもあるのだから、前に前に進みなさい。

 

 

聖人となり神となる

私が、人間を見ていて、目引き袖引きという姿勢の恥じることを知らないこと、それ以上に、このような者になっては、世を見る目は潰れるであろう。

誰かと意見が違うのであれば、優しく抑揚をつけないで聞いてみればいい。相手の意図することもわからないで、意見の合う者の袖をもって、目配せをして、意見の相違と思えば、裏で蒙稚(まだ、まだ、幼い者)のような幼い考えしかできない者となってはならない。

聖人を目指すことなど全くない、神の七つの掟を継続できている者は、すでに聖人なのです。目標など持たなくても、神の七つの掟を習慣化すれば、それらは向こうからやってくるのです。

聖人になり神になるあなたが、気が合わないからと言って相手を謗る(そしる)ようであってどうするのでしょう。

気が合わない者ですら、受け入れることが大切だという、受け入れることの大切さを、今日はお話しさせていただいたのですから。

しかし、受け入れようとしなくても、神の七つの掟さえ行っていれば、いつの日か、必ず受け入れているので心配することもありません。

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追伸:漢字が難しいというお手紙を代筆者に頂くようですが、代筆者が返信しているように、漢字など読めなくてもよいのです。前後の文脈からこんな感じのことかと思っていただければよいだけで、同じ漢字でも、前後の文脈でいろいろな意味に訳されているのですから、わからない漢字を読むことは無駄なことです。

今回は、代筆者に訳にプラスして私がその言葉に伝えたいものを付け加えた訳にしていただきました。あなた方が、そうかなと思うのと乖離していることは無いでしょう。

間違ってはいけないことは、神の七つの掟、これだけです。後の話は付け足しのようなものです。

代筆者より
漢字の意味は、いろいろな訳がございますので、ここではこの漢字はどのように訳されて書いてあるのかなどを、お聞きになりたい場合には、相談フォームからご連絡ください。
但し、回答までにはかなりのお時間を頂くことになります。現在も、相談フォームには一般的な相談が、一日平均六十通弱来ており、かなりたまっていますのでご了承ください。

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)