何という生き方:第六百五十章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

何という生き方

 

何という生き方

道を歩くには、不要な物を欲せず、勝手な思い做しは捨てて道を歩くことが出来なければなりません。

道を歩きながら、困っている者を助けることだけに目を配り、あえてそれ以外の事には何もせず、頭も回さずに歩くことです。

然るに、災難ですら頭が回らないので、ただ通り過ぎていくだけのことになり、やってきた禍も、過ぎて行った災難も、知らないままに前を歩く。何というこれほどの楽な生き方があるのだろう。

過ぎ去るものへ愁嘆することも無ければ、篠突く雨に傘を必要かと考えることも無く、悪口雑言を投げつけられようとも憤悶することもわからない。何という静寂な生き方であろう。

上にたつ者ですら、寂然となることがあるというのに、善行のためだけに油然と歩いているため、空寂も感じることが無い。何という輝きの生き方であろう。

己の幸福を求める者は、その欲望で手に入れた幸福が綿よりも軽いことを知らないが、幸福を庶幾せぬ者は、岩より重い幸福を他者に配りながら進む。何という懇切な生き方であろう。

 

罪を償う生き方

罪の償いの生を受け入れ、償いを全うする、その姿は一瞬塵のようにも見えて、舞うことはなく、過去世までの贖罪に生涯をかけている。何という志操堅固と守り抜く者であろう。

己に節操のない者が、神に誓っても節操を捨てられないなら、それは根っからのものであり、いくつになっても一つの償いもやり切ることは出来ない。然るに、節操のない己を知り、節操のなさに己を憐れみ、道を外さぬと決めた者は道を離れぬ。何という穏やかな変化であろう。

雲霞の如く、俗世の者が群がる中にいて、ただ一人道を外さず生きる者のことを、俗世の者たちは、聖人と呼び、尊んでも、真似をしようとはしない。何という愚か者の集まりなのだろう。

小さな悪行を犯すたびに、自己辯護しながら、また小さな悪行を繰り返す者は、いつか大きな悪行に吞まれることとなる。何という悍ましいことだろう。

貴ぶ者に親炙する者は、その恩恵を必ずや他者に振舞うことで、己だけの学びとはしない。そのようになるためには、貴ぶ者に取り入ろうと媚態することなどはなく、また、それにより己に困苦が訪れようとも、構うことすら考えない。何という志の持ち主であろう。

 

何という神

輪廻転生をしてきたことを、己が決めて来た業苦の中に入ることだとわかっている者は、決して俗世で流されることは無い、しかし、それほど慧可断臂な者でさえも、俗世の甘い蜜を舐めてしまうことがある、しかし、すぐに立ち上がり道を進む者が、あなたである。何という己に厳しく生きれる者なのだろう。

人は俗世にいる限り、俗世の法則で、何かに偏執したり執着したりして、欲しいものを手にすることに快楽を覚え、そこから抜け出せなくなる。然るに、そこまで堕ちていた者が、全ての執着を捨てることが出来たときに、生まれてきた意味を知る。何という敬重される者となったのだろう。

聖人の鑽仰に慕う者は、道を踏み外さないようにと、あれやこれやと聖人が足の裏を手の指一つに乗せて、支えられることになる。それ故にあなたも聖人の鑽仰に慕う。何という良い道であろう。

いらいらと焦慮な思いに掻き立てられていてはならないことを知り、累が及ぶも、まだ来てはいないのだから、煙が見えたら考えようと思える者となる。何という深閑に怯えぬ勇気ある者なのだろう。

 

神の慈悲

最後に残された、あなたへの神からの贈り物は、あなたが決めて来た償いの道、辛くて困難な生きる道、そこから逃げ出さないように、償いのための他者を助けるチャンスを与えている。それが、神からの贈り物である。何という慈悲深いことだろう。

あなたというあなたは、あなたのことなど考えていては、あなたが決めて来た肉体を無くす時まで、ただ徒に怒りに任せ、あなたの頭で考えてもわかりもしない天の世界を勝手に固執するあなたは今日までとして、胸の中の神と話しなさい。時は止められないことを知り、明日時計の針が止まっても、後悔の涙を流すことが無いように今日を生きることができれば、静かに目を閉じ眠ることです。何という悔いのない生き方だったのだろう。

生きる上での勇気とは、力強い忍耐と赦すことが出来る柔かさで在り、決して、他者の意見を論破する愚かな人となってはならず、勝者になるということは、他者の誰かに勝つことや、誰かを論破することでは無いことを知る者となれるのは、あなたに勇気があるからなのです。何という寛大な心を持つ者なのだろう。

道理にかなうのならば、全てを得ればよし。道理にかなわないのならば、全てを手放すことが良いことを知る者は、道理にかない得たものは、他者に分け与える者であり、道理にかなわぬようなものを、他者に分け与えてはならず、道理にかなわぬものは炎の中に投げ入れて、消し去る者となるのです。何という道理にかなう道を歩き、あなたは天の門の前で笑みを浮かべていることであろう。

罪の償いを終わらせる日まで、あなたの前には高慢な者や、魑魅魍魎が降りかかって、あなたを俗世に引き戻そうとする。それらを避けることはあえてせず、ましてや臨戦することなど考えられもせず生きるのならば、坦坦たる日は来ることが無くても、毎日が他者を救い救われる日々となり、その度に、胸の中で幸福を感じることが出来る。何という偉人となり、なたは天に赴いて行ったのだろう。

 

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない ヴィーガン

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の言葉:これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

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