君主への捧げもの:第四百八十章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

君主への捧げもの

 

君主への捧げもの

あなた方の中には、世を渡るにはできる限り多くのお金があればよいと思う者もいるが、お金は何度も言うが、最低限の生活ができればよいものであり、お金を貯め込むだけの人生を送る者となってはならない。

然るに、貧しくても他者にへつらうことがあってはならず、お金があるからと傲慢にならず、高貴な人間と己を思わず、質素さと謙虚をもって生きなければ、そのお金の使い道を知ることは無いだろう。

多くの貧しき者も、富める者も、お金を欲しがるが、そこに真理を知る豊かな心が生まれることは無い。

しかし、お金を集めることを大切な人生の目的とする者がいてこそ、それを見て、貧しき者が、傲慢になったり、謙虚さを忘れる者にならないようにと、心の豊かな者となるために、富める者が、この世には必要でもある。

 

君主

古の君主の話をしよう。

君主は、いつも弟子たちの話を聞いては、その成長ぶりに徳を与えていた。そんな君主に、弟子の一人が、なぜ、私たち弟子の話を聞かれても、その話の中身に、意見を仰らないのでしょうか。と聞いた。

君主は、私の意見など聞いてどうするつもりであるのか、所詮、私の話はすでにお前たちに伝えてあり、その話を聞いたからこそ、お前たちは私のところに来ては、日々の行いや、遠く離れたところにいるといわれる聖人の話をするのだろう。

お前たちが、私の話を聞き、お前たちの話を聞く番が私に来ているだけである、お前たちの話に、もし私が意見を言ったとすれば、それは痴れ言を言っているに過ぎない。

お前たちは、日々道を歩き進めているから、私はそれに満足をしている。だから、私の意見を聞くことも無く、己の誤りは、己で解決をしていくのだ。

 

君主と弟子

お前たちのことを私が知らないとでも思っているのなら、お前たちは修行が足りていないことになり、私がお前たちのことを知らないからと不安になることがあってはならず、お前たちが私を知らないことの方が肝要なことである。

今の話と宛も同じで、俗世にいてわかることだが、人が己を理解しないからと不安になることはなく、それよりも、お前たちが相手のことを分かってあげないことがあってはならない。

お前たちが、私がこの世を去った後、次の君主を選ぶことになるだろう。皆を集めて話をしておこう。

さて、私は、もうすぐこの世の務めを終えて、この世を去るが、お前たちの中で、次の君主を決めなければならい。

誰か、私の後を引き継ぐ者がいるなら、立ち上がってみなさい。それを聞いた弟子たちが、我も我もと立ち上がって、君主を見つめた。

君主は、皆が私の後を継ぐというのは、私にとっては非常にうれしいことだ、しかし、全員が君主になれるわけではなく、君主は一人でなくてはならず、二人三人といたならば、どちらに向かうかわからなくなるだろう。

私は、お前たちから大切なものを頂くとしよう。明日の朝に、ここに集まり、私に、お前たちの一番大切なものを捧げてもらうことにする。

そして、その物の中身を見て、一番大切なものを捧げた者を、次の君主に任命することにする。

 

君主が弟子の前で

弟子たちは皆、誰に相談をすることも無く、己の大切なものを探す前に、他の弟子たちが何を捧げるのかを、探ることでほとんどの者が熟視と覗き込んでいた。

夜明けを迎えた、その時には皆が君主の前に集まっていた。誰もが、誰が何を捧げるのか、調べた結果で、あいつには勝っている、あいつは何を捧げるのかわからなかったなどと、考えていた。

君主は、それでは、前の列の左から順番に、私の膝元に、お前たちの一番大切な物を、私への捧げものとして置きなさい。といった。

最初の者は、金でできた器を捧げた、それを見た者が、どうしてあんなものを持っているかと、考えながらも、己の持ち物の中で、一番高価なものを捧げていった。

そして、一番最後の者が、君主の足元に座り、手を大きく開き、君主を抱きしめた。

その弟子は、私の一番大切なものは、君主であり、私の捧げものは、私の命でもあります。と言った。

君主は、金銀や物の捧げものをする者たちが、どれだけ劣っているのかと、皆の前で話した。

 

弟子と君主

最高の捧げものは、お前たちが今まで学んだことであり、その学びの中で、金や銀を、なぜ、貧しいものに捧げず、ため込んでいたのかと、皆が私の話を聞かず、俗世にまだ慧敏である智慧を持つことを嘆いた。

そして、君主は、誰が次の君主になるのかを伝える時が来た、固唾をのんで静まり返る中、君主は、己の命と、己の君主への思いを現した、私に抱きついた者を、後見人であると、皆に伝えた。

そして、君主は、捧げた物を、皆が持ち帰るようにと告げた。しかし、誰一人として、捧げ物を持ち帰ることは無かった。

君主は、お前たちの値打ちは、お前たちが何のために、私の弟子として学ぶのかではない、お前たちが、私の話を聞いて、何をするのかであり、陰で何をごまかそうとも、私は常に、お前たちを見ているから、お前たちの話に耳を傾けても、異論を説くことが無い。

 

あなた方も

あなた方も、私の話を聞いているだけで、学んだつもりでいる者であってはならない、話を聞いたのならば、学ぶのではなく、行為に移しなさい。

過現未という言葉を、知っている者もいるだろう。ここに来ている仏教徒であれば、当然知る言葉であり、それを刻んでもいるだろう。

過現未とは、私が言う、過去世と現世と未来、未来とは来世を指しているが、あなたに来世があってはならない。そのために、学ぶのではなく、話を聞いたなら、すぐに行為に移し、過去の罪の償いを行って、天国の門をくぐる。

天国の門をくぐるために、あなた方を、私は大木の神から預かり、ここで、同じ話を繰り返している。

学んでいるだけで、行為に移さない者よ、今日からは、学び意味を知ろうとはせずに、この章でいうならば、大切なこと、行為に移すことを、たった三行ほどにまとめている。

意味を知らなくても、わかりやすく書いている三行を見つけることは簡単なことであるのだから、それを見つけて、行為に移しなさい。

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身