家族は己の物でない:第五百八十四章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

家族は己の物でない

 

家族は己の物ではないと海

あなた方が今歩いている道や言動が、あなたを形成することを忘れず、忘れる者のような臆病者となってはならない。

臆病者には、探し物は見つからない、そのことを、あなたは痛感してみても、巧言令色しかり、己のことは極極と甚だしい限りであり、他人には言葉巧みに媚び諂う者となっている。

梁冀跋扈と己の欲望の為に、好き勝手に弱い他人や家族も同様に巻き込み、佞辯と弄しては己の命令に従わせながら、右へ行くために輪廻転生してきた者までをも、左へと強い綱を引き堕とし込んで行く。

そんな、あなたにも朧気ながら、右の道が見えている、しかし、そこには、欲望に満ちたあなたが、今手の中に入るものも一緒に持って行きたいと、俗欲が愛を止めている。

すると、右に行くには持って行けないのなら、左の道を選んででも、己の欲望の為に、己とは別の生き方によって、過去世までの罪の償いをしようと、輪廻転生をしてきた者の、右の道を己の身勝手で、己の進む左へと引き込み歩こうとしている。

俗欲の塊の愚者たちは、己一人で左へは行かず、己の家族をも、己のものとして扱い、道連れにし、右の道を歩くために、短い人生を生きようとする家族をも許さない。

 

家族と欲望と海

家族とは一つの呼び名であって、皆それぞれに自律的行為を持つ固有のものであり、親子であっても、その者は己のものでないが故に、詭弁を弄し、時に甘い蜜を与えては、左の道へと連れて行く。

家族だから、己が左を選ぶのなら、己について来させようとすること自体が、大きな誤りであり、そのような行いを犯す者は、親子であろうとも、真の愛は無い愚者である。

そのように、何者も己のものとして扱い、己の言うことを聞かなけば、罵声も平気で上げる、蒙昧と言われる鳥滸であり、その者は俗世に漬かった欲望の塊を纏っている。

己の思い通りにならないからと、人格攻撃の中で、己を畏れさせる者となっていることに気づいていても、道理に戻ることもできず、他者を畏れさせる者が、必ずや、他者から畏れざるを得なくなることを知ることとなる。

お椀から溢れ出ていることにも、怒りをもって、一人で怒りを己にぶつけているのならば、それは、己を己で堕としこめているだけのことで、他者に迷惑はかけていないだろうが、臆病者の怒りは、己に向けず、他者に向けて嚇怒する。

それでいながら、己よりも、兇漢な者が、目の前に現れたなら、颯と逃げ出し、兇漢な者が通り過ぎるまで、息を殺して隠れている。

 

己の欲望と家族と海

他人も家族も同じように、恩愛をもって遜りおれば、臆病者の怒りを捨てることが出来るのであり、罪の償いの道に、他人も家族も巻き込むことなく、右の道を歩き、他者を助けながら、罪の償いを一人で終わらせるのです。

一人とは言っても、あなたが罪の償いが出来るように、道で倒れていてくれる者や、体の不自由な者たちが、あなたの近くに現れてくれていることを、忘れないことです。

あなたが、右を見ているから、左の道が現れるのであり、あなたが、善行を考えるから、悪い行いが楽しく見えるのです。

然るに、臆病者は右を見ているが、右への足の進みはごく僅かであり、左を見たならば、逸楽の悪行があるから、今日を限りにと、左へと草原を疾駆する馬の如く、疾走する。

すれば、臆病者のあなたには、左から右へ戻りたいと俗世に堕ちた中で思ってみても、一度味わった甘い蜜を追い求めることに、右への淵源へと登り着くことが出来ず、また、あなたは俗世に堕ち込んだままとなる。

臆病者が、ここにいたのなら、臆病者から抜け出すのです。方法は、弱い者が賢者となれるように、過去に認めた章を読み直し、実践すれば、いつでも臆病者から豪胆となれるのです。

 

家族を己の物とする者と海

臆病者であろうが、賢者であろうが、善人であろうが、不善であろうが、右の道の正しきことは知っている。

そして、輪廻転生をしてきた限り、天国を選ぶことが大切であろうことも、鮮烈であっても、朧気であっても、うっすらと見えている。

私は、何度も言ってきているが、今生きている者の中で、天国や地獄の世界を達意出来る者などはいない。

私の話を承服したからと言って、実行していない者には、天国や地獄の世界を一つとして理解などできてはいない。

理解できないから、右か左かのどちらを選ぶかと考えている愚者は、私から助けられるのを拒み、それ故に、私が助けることが出来ず、必ず、左へと行くことになる。

私には、言葉で語り伝えるしか術はなく、それ以外の方法で、左へ行く者を助けることはできないと、思っておくとよい。

 

臆病者と海

今また、何度もいうが、地獄では千年、天国では永劫の享楽が待っているというのに、この世の僅かな時間を使って、他者の為に生き、何故、今生を含めた過去世までの罪の償いに使わないのだろうか。

臆病者よ、左の道へ行き、慚愧することを選ぶ者となることが、輪廻転生をしてきた目的では無いことを知っているのに、その上、あなたの周りをも巻き込んで、あなたのために地獄へ連れて行くというのか。

家族や他人を巻き込む者は、必ず、左の道へ行き、棺の中で、後悔と、これから行く恐怖の世界に、震えながら暗涙する。

私は、家族の関係については詳細に話さないが、あなた方が知っておくべきことは、家族は全て、各々の人格を持つ個人だということです。

夫婦が元は他人であったこと、子供は、輪廻転生時に、どの妊婦の中に入れば、己の罪の償いが出来るのかを探し、そして、己の罪の償いの為に、償いの人生が送れる妊婦を選び、生まれ来たのであるから、子供も夫婦も個人であることを忘れてはならない。

個人であるからこそ、個々を尊重し、敬い、何が起ころうとも慈悲深く育み、それぞれが、罪の償いが出来るように、助けることこそが大切なことなのです。

夫婦も子供も、個人であり、それぞれが、それぞれの、罪の償いを行うハードルをもって生まれてきたのです。

だから、己の為に、家族を巻き込んだ幸福などは存在しないのであり、そのような行いが出来る者のことを波旬と呼ぶ。

家族が大切だという者は、臆病の殻を脱ぎ捨て、己の欲望から家族を開放するのです。

家族への善行は、罪の償いにはならず、徳を頂く事はできない、それは、家族では学び合いであり、須要なことであるからである。

 

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

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