学ぶ:第三百二十五章

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学ぶ

 

神の教えを学ぶ者

いついかなる時も、坐作身体を守らなければなりません。金箔を薄く張り付けた石の塊を見て、誰も見ていないからと、服の袖に隠したものがその重たさゆえに、皆のいる屋敷の中で、袖が破れ、生涯だれからも信用されない人間となる。

しかし、それでも相手を責めず悟りをとき、その道を歩かせる。そのためには、優渥な思いで接しなければ、無意味な説教となり、同じことを繰り返すものとなる。

通り過ぎる者と、肩が当たり,あなたが相手を睨みつけたばかりに、相手の怒りをかって殴られ続けたとして、原因はあなたにあり、あなたが反省して、相手に謝りに行き、仇怨なく勿れと心に刻むことである。

それを知ったあなたは忽如のごとく何が起ころうとも、動じることなく用管窺天だったあなたを助けてくれるチャンスを与えてくれた者に深く感謝をする。

万事塞翁が馬と同じで、悪いことが起きたと思ったら、それが何よりも必要であったことを知る日が必ず来る、というような意味に近い話である。

そのように学んできたものは、窮地の者が助けを求めたなら、必ず見捨てることなく、我関せずではなく、我先にと助ける者、窮鳥懐に入れば命を懸けて助ける事がまさに大切なことと、彼は学んだ。

また、彼は、幸福と不幸、金持ちと貧しいものを禍福であり表裏一体ではなく、何か割らない同じものだと言う事を知るようになる。

彼は、殴られたときに初めて、神の七つの掟を思い出した。そして、彼はそこから悟りを開き、身をもって、困っている人を助け、彼に集まる者たちに教えを説いた。

 

 

神が止める嘲笑をみんなで

棺を蓋いて事定まるという、人は亡くなってから、絵画のごとく価値がわかる言うが、これは全く詭弁であり、人は人である間に行っている行為に価値を見い出されるものであり、亡くなれば、身内以外は誰もその価値を語るものなどいない。

時に、銅像が建てられる者がいるが、その者が本当に七つの掟を守ったのかと言えば、まったく守ってはいない。それを知らないで、英雄化する。でも、英雄と呼ぶ人たちの夢を消してはならない。

嘲笑されることは人生には必ずあります。それを隠れた場所で行っている者も多く、あなたは気が付かないだけのことです。

しかし、嘲笑されるかもしれないと思う者は、常に学ぶ。嘲笑されていないと思っている者は、バカにされ侮辱され、いつかその者の言う事を誰も聞かなくなる。

いつでも、誰にでも、チャンスは与えられる。嘲笑する者にびくつくこともへり下ることもない。

単純に学びのチャンスを頂いていると思わなければ、あなたは金魚の糞のように、その者たちのはけ口となり、体から追い出されても、そこから離れないために必死に引っ付いている。しかし、それはいつか終わりが来る。

そのようなことに必死に縋り付こうとするのなら、神の七つの掟に縋り付き、最後の日まで神の七つの掟を行う事です。

 

 

神と聖人

儚い人生を送ってはならないという者がいるが、人生は儚いものなのです。儚い=短い、だからこそ、この短い期間に神の七つの掟をやり通すことは簡単なのです。

この世の中には、大木の神が撒かれた沢山の真理が、それぞれの背丈に合わせて浮いている。しかし、それらを見る目を持たぬ者が多く、それを伝えに来ている者が、あなたの目の前にいる。

聖人は、聖人となる前がある。子供の頃から聖人であったわけではない、聖人は、何かの話を聞いたり、見たり、等で、この人に自分の人生を委ねてみようと決めた日から、聖人の道を歩いている。まずは聖人を目指すこともよいかもしれない。

人は皆、安逸を求める。但し、安逸を手にするためには、今の何倍もの努力と試練を乗り越えて来なければ、手には入らない。

安逸とは、自分のしたいことだけをして、疲れたら寝て、全ての自由を手にすることである。それこそが天国というところなのです。

では、いかなる努力をすればよいのかが、わからなければ、これでいいのか、あれでいいのか、迷うばかりでわかることは無い。

だから神の化身が大木の神から託された人たちに、それが神の七つの掟であることを、伝えに来ているのである。

 

 

神

人は、以前にも話したように、つい娯楽の中に落ち込み、隣で緊急な話があるのでと声をかけても、娯楽に一喜一憂して、後にしてしまう者がいる。いついかなる時にも、そのような時には、相手の話を粛然と聞かなければならない。

辛酸なめに合わなければ、神の七つの掟がわからないわけでもなく、苦労や苦行を味合わなけば、七つの掟ができないわけでもない。ましてや、跪拝などしても同じように、七つの掟の全ての実行は、できない。

あなた方が、奇聞などに乗らず、義憤をも受け入れて消し去るならば、七つの掟はあなたの手となり足となり、甘い香りで人を助けるでしょう。

しかし、このような難しそうなことを経なければ、神の七つの掟ができないのかというと、それは全く違う。

この世に、全美を待たぬ者はいない。要するに神の七つの掟を守るために、扉を開ければ、行動に移すための装備は全て揃っているという事なのです。

神の七つの掟に臨んだ者の中には、戦没する者もいるかもしれない。しかし、それにより、その者には天国の扉が開き大木の神が待っている。

今日来たあなたも含めて、ここを見つけて来た者は、私が大木の神から託された者ばかりである。

それ以外の人々は、次回、別の神の化身に、託されると思います。断言はできません、大木の神のお言葉次第なのですから。

今回、私に託されている者は、卓然としているのです。要するに、今回選ばれなかった人たちよりも、ずば抜けた、心と、能力、を持った人たちが、あなた方なのです。

だからこそ、今回選ばれなかった人の見本とならなければならないのです。

 

 

神と天国

今のあなた方には、天を知らず、天外もわからない。いかにも知っているという話をする者、計算上のと話す者が言う、その人たちのわり出す話を、天界ってそうできているんだと楽しみながら、頷きながら、そうなんだと想い、受け入れ楽しみなさい。

決して、人の話を否定してはいけない。「わかる」「わからない」というのは良いが、否定したあなたにもその根拠がわかるはずもないのだから。

そして、私がいつも話すように、違う意見であっても、まずは相手の言うことを聞き、それから甘い言葉で、抑揚をつけず話しかけ、それでも相手が違うと言えば、それを受け入れて、あなたが謝罪をして、そこから一度去ることです。

必ず、天国に行ったときに、計算等で出せることができないほどの、想像をはるかに超えた世界であることがわかる日が来るのです。

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない ヴィーガン

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

投稿者: kaminokeshin

輪廻転生・自殺・天国・地獄・ヴィーガン・ベジタリアン・神・生まれ変わりにつて、神が書いています。宗教など天国には存在しない、天国に行くのにお金なども必要が無いことも書かれています。 全ての章を読まれたなら、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。