自己形成:第四百八十四章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

自己形成

 

自己形成

あなた方の中には、いまだ持って主体感覚から離れて行動を起こせぬ者もいる、己をコントロールすることは、智慧者から抜け出ていない事になり、それは、自己形成として、常に他者との間に、何らかの関係性を考えてしまっているからである。

他者との間に何らかのコントロールする智慧をもって、道を歩く者は、恨みを持つ相手を作り、その前に出れば恭しく繕う。

己の行いを善事と思う心を持ち、行為に移せる機会をじっと待っているようでは、道を歩くことはできない。そのような者は、駆け引きに長けた鳥滸である。

主体感の始まりは良いことであり、己から善行を行おうと動き出す、しかし良いのはここまでである。

次には、己の中で、二つの善行のチャンスを見たならば、どちらが己にとって良いことだろうと、選ぶという浅ましい者となる。

二つのチャンスに出くわしたならば、考えることなく行為に移すことであり、どちらを選ぶかは、あなたの胸の中の神に任せておけばよいのです。

あなた方の胸の中にいる神は、人君より遥か彼方にあり、あなた自身でもあることを忘れてはならない。然るに、あなた方は、ただ只管に善行のチャンスを探すだけで良し、後は、作為を持たず、あなたという胸の中の神に任せて、突き進めばよいだけである。

 

善行

あなた方は、常に他者と向き合う時には、心が質素であり謙虚である慎ましい者として、他者と触れ合わなくてはならず、あなた方の胸の中の、あなたという神も、それを常にあなたに話しかけている。

財を持つように生まれてきた者も、歩く道では倹しいことが自然に、あなた自身から匂っていなければならず、それによって罪の償いもできるのです。

炳として輝く者は、自己形成において、他者との関係性の中で生まれてくるものと考えることは無く、そこにあるものは、唯々、他者のために生きることで、財を持とうが、貧窮であろうが、ともに心が清貧であれば良いのである。

昨日まで、過ちの道を歩いてきたと思う者は、今日からは衆徳のために生きてい行けばそれでよいのであり、過去を振り返り、前に進まぬつまらない愚考に陥っていては、清貧な善行の道を歩くことはできない。

 

時計

終わってしまったことへ、時計の針は戻すことは絶対にできない、しかし、その罪の償いは、前を見てただ只管に他者を助けて歩くならば、過去の過ちは全て償われることになる。

あなた方の善行は、相手に取ってみたり、周りの者にとっては、肺腑を突くほどの感銘を与えることにもなる。だからといって、その善行の大きさには違いはない。

どのような者を助けようとも、俎上の乗せるような語りや思いがあってはならず、一つの善行が、一つの罪の償いであり、それ以上にも、それ以下にもない。

時には、悪人を助けることがあっても、助けさせていただいたことにお礼の言葉が自然に出てこなければならず、相手が何によって形成されているのかなど、善行には無関係である。

済度し難い者でさえ、あなたが、倒れたその者を助けたならば、あなたの優しさに、己の生き方の愚かさを見て、胸を打たれるのである。

 

秤

己がどこまでできるのか、やってもいないうちから、己を己で秤にかけて、己にはできないと善行を中途半端にしか行わない者こそが、主体的な判断を考えては智慧を使う愚者である。

まずは、初めて見ることである。道を歩いてみることである。道を歩かぬままに、時の終わりを迎えたならば、後悔だけを己に与えることとなる。

いつまで生きるのかは、己で決めて来たことであるが、それまでの間、無益な生き方をしてきた者は、甲羅を経るような自己を持つようになってしまっているが、それさえも、他者を助けて生きるならば、必ず、時の終わりに後悔するものは何もないと言えるのである。

後悔をしたいのか、後悔をしたくないのか、よく考えてみなさい。今までの後塵を拝する生き方にも、己の後悔を持っていることだろう。

今日からでよし、後悔をしない生き方をすることです。その為には、阿呆となり、罪の償いのための他者への善行を行い、右の道へと歩くのです。

 

智慧者

今なお、考え倦ねる智慧者の己を出しているのならば、己の中の神に聞きなさい、然るに、気持ち駆られることと、道を何も考えず、他者を助けながら歩いていくだけとなる。

人君を見るように他人を見る時、文を見るだけで、中身を見ることを知らないのではなく、文も中身も見ることもなく、道を進むのです。あなた方の歩く道には、あなた方の罪の償いのために、倒れていたり、足が悪くて椅子を必要とする者が、必ず、現れる。

自己形成などという、経験を積むことなど、所詮は物を欲しがり、厚かましく生きる者となるにすぎず、他者のために生きることなどできないで終わることとなる。

経験などは不要な流転であり、阿呆となり、阿呆だから無欲にもなり、すれば、必要なものは全て向こうからやってくる。

 

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身