学び:第五百四十四章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

学び

 

学び

人は時として攻撃的になる、攻撃性と言うが、ほぼ己の学びに対して異論が出たときに起こしてしまう。そのような気持ちが無くても威圧的に取られることがあり、その攻撃性を理解した上で行ってしまうこともある。

如何なる場合においても、攻撃的になった場合には、相手が被害者であることを忘れてはならない。

あなたの意見というものに、異議を唱える者もあらわれることを忘れてはならないけれど、このような時に、その者に対して恫喝的になる自分がいてはならない。

意見というものは、相手が異議を唱えることを前提に行い、それに対して決して、我を通すようなことがあってはならない。

機知に満ちたあなたの意見を台無しにするのがあなた自身になってはならない、常に寛容でありなさい。

あなたの道は、あなたの持つ意見に対して、異論を唱えられる程度であることを知り、更に学び、そして伝えることが必要と思い、理解されるまで学び続けるのは、あなた自身であることを知りなさい。

 

学びなさい

あなたの学びが、相手に伝わることが出来れば、あなたより学んでいる者が、それを知らなければ、喜んであなたの智慧を献上し、その方に、あなたの学んだことを広げて頂きなさい。

あなたの学んだことを、あなただけのものにしてはならない、必要とする者には、例えあなたから聞いたことを伝えないで、己の学びと他者に伝えようとも、それが良いことだと思いなさい。

学びの精髄は、他者に献上するためにあり、それが出来るようになれば、おぼろげだった道は開ける。

微かに見えていた道が顕在となってあらわれ、あなたの学びは誰かのためになることになり、これも一つの掟を行った事になる。

之を育み、学びを預けても代わりを求めず、かといって相手があなたの学びで成長しようとも、己の力などと思うことも無く、乞うと言って支配することも無い、そういう人でありなさい。

剛直でいることを忘れてはならい、あなたが他者の為にと思う意思は常に動こうとしてはならない、動かないからこそ、あなたが一生懸命に学んだことを、上の者、下の者に関わらず、見返りは無く、差し出すことが出来るのです。

学びにおいて、一切の傲慢も無く、ただひたすらに学び、一切の作為をすることは無く、知りすぎるほど、学びすぎるほど、智慧の足しにすることです。

 

恫喝

あなたが学びを面倒と思うこともあり、しかし、学びを止めることは、どのような時かをよく見極めれば、それが、如何に容易な単純なことから起きているのかが分かり、学びを捨てることも無く、胸の中に刻み、他者の為に使う。

私が以前にも話したことで、終わりを慎む心、終わりがあってこその学びであることを、決して忘れてはならない。

最初に話したように、異論を唱えられるは当然と、己の学びに精を出すことが必要だと、いつも思い、恫喝威嚇は捨てるべきこと、瓶に詰めて持ち歩くことと、己に言いなさい。

あなたの意見に、あなたがどれだけ学ぼうとも、反論する者はいる。それに、あなたの宝を失うことが無いように、聞いて差し上げ、相手に説かれても、受け入れて差し上げることで、己の意見を相手が初めて聞くと思うことです。

反論にあえて反論することなく、ここで己が殺されたなら、それが決めてきた時間であると思い、殺されないならば、改めて受け入れなければならない。

柔弱を知り、己を知る。相手が反論するのは、あなたの話や意見が、道理にかなうことが無いと考え、己を律し、相手を敬うこと。

あなたには、見えてはいないほどに、今生の世界は広い、あなたが一番の隅っこにいると思うならば、後ろを見て学びなさい。

なぜ私の解釈が分からないのかと、いくら他者を責めようとも、責めれば責めるだけ、あなたが愚かな人となる。

 

意見

あなたの意見が、正しいかどうかを判断するのはあなたではない、判断はあなたの意見を聞く者がすることだということを忘れてはならない。

常にあなたの意見に対して、あなた自身が心付けることを忘れてはならなく、考え倦ねている段階で、事を先んじてはならない。

時には、初めから言わず語らずと決め込んで、相手の話を聞くことが最善であることもあり、聞いた限りは吟味する時間を持たなければならない。

時に、あなたの意見は一驚を喫することもあることを忘れてはならないだろう、それはあなたが学びを常に大切にしているから、相手にとっては驚きの事ともなる。

あなたにとっては、相対尽くと話していることだとしても、相手にとっては意味が理解できないことがあり、己の学びを見直す機会を相手があなたに与えて下さっていると受け入れ学ぶことです。

あなたにとっては、勇を鼓す話や意見であっても、相手にとっては受け入れがたいことは、沢山あることを忘れてはならない。

所詮、学びの少なさに己を嘆き、そこから学び、また学び、いずれはあなたの話すことを、皆が受け入れられるように、行為を持って示さなければ、上辺の言葉は誰も聞かないことを学びなさい。

いくら学ぼうとも、あなたは時に思うことでしょう。そう、方図が無いと。しかし、学びとは、そのようなものであると思いなさい。

けれども、学びはいつか、あなたの学びはいつか、相手の肺腑を衝くこととなり、理解される日が来るのです。

理解されるまでは、遠い道のりと思うことは無い、ここに来たのだから、後ほんの少し、相手の言葉を聞きなさい。相手の愛を受け入れなさい。

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない ヴィーガン

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)