少年刑務所を出て:第五百九十章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

少年刑務所を出て

 

不良から聖職者

児童養護施設で育ち、不埒な考えで犯罪を繰り返し、少年刑務所に入っていた者の話をしよう。

児童養護施設に入る子供はいろいろな環境から入る。彼は、両親を事故で亡くし、親類縁者も引き取ることが出来ず、仕方なく十一歳で施設に入った。

彼にとっては、両親を亡くしてからの苦難の日々から、天国へ来たような気持にさせてくれる施設で、友達もできた。

彼が十四歳になった頃、施設の中で悪いグループができ、彼もその中の中心にいて、施設を抜け出しては、街で非行を働くようになった。

しかし、毎回、捕まえられては、施設の児童指導員の努力で、少年鑑別所に入れられても数週間で出てきては、施設へ戻り、また、同じ非行を繰り返していた。

 

聖書を読む

彼は、十七歳の時に、ある大きな事件を起こし、裁判の結果、少年刑務所に入ることになった。

彼は、十七歳で完全な不良となっていたが、これからの七年を考えた時、就寝時間が来ても、深夜になっても、眠れない日々を過ごしていた。

ある日、教誨師がやって来て、彼に、欲しいものは何かありますか、と尋ねた。彼は、ここから出たい、と答えた。

教誨師は、ここから出たら何をするのですかと聞いた。彼は、分からないけれど、二度と捕まらないように、盗みでもしながら暮らします、と答えた。

教誨師は、では、捕まらない為の方法につながる話があるけれど、聞きますか、と彼に言った。

彼は、すかさず教えて下さいと言って、頑なな態度から、笑顔をのぞかせて、教誨師の話を聞くことにした。

教誨師は彼に、彼の望みを善行へと向かわせる話を聖書の中から選んでは、読んで聞かせた。

彼は、最初は答えになっていないと思っていたが、月に一度しか聞くことが出来なかったために、少年刑務所の中にも聖書があることを知って、自分で読むようになり、月に一度来る教誨師に、意味が分からない部分を聞き、三年ですべてを読了した。

 

聖書

彼は、聖書には書かれていないが、教誨師から動物も人間と同じ命を持っていて、その命の大切さを教えて頂き、教誨師が菜食者であったことから、彼も、菜食者となり、動物を食べるのを止めた。

少年刑務所で、出される食事には、ほとんど手が付けられず、彼は、お米と、僅かな生野菜だけを食べた。それでも彼は満足だった、満足なのはお腹ではなく、彼の精神的な心であった。

彼は、二十二歳で少年刑務所から出ることができ、彼は聖書の教えに従い、困っている者を見ては話を聞き、聖書の中から必要な部分を語って聞かせた。

彼は、アルバイトで生計を立てていたが、アルバイト先で素性が知れ、解雇されることもあった、明日からどうして生きて行けばよいのかと、考えながらいても、すぐに新しいアルバイト先が見つかった。

彼は、そのような窮地に追い込まれることがあっても何故か堕ちて行くことも無く、ぎりぎりまで行っても、助けられた。

彼は、聖書を開いては、神様が助けてくれているのだと思い、神様に近づきたいと願うようになった。

 

空と善行

あなた方も、何時も助けられている、今回は本当に堕ちてしまうだろうというようなことが起きたとしても、いつも、その手前で何事も収拾をつけることが出来ている。

あなた方を助けているのは、あなた方が僅かでも、善行を行っているからであり、あなたを助けているのは、あなた自身なのです。

助かったのだから、救われた者として、善行を今までのような僅かではなく、日々、他者に親切にし、困っている者を助けて、右の道を歩くのです。

もう、悪い行いはしてはならない、中途半端な善行では、いつか必ず、助からない日がやってくることは、己で感じているでしょう。

歩く者となりなさい、歩く者は、これからの未来も、過去の出来事も、考えるようなことはせずに、只管に右の道を歩くのです。

己が、弱いと考える者は、未来と過去を考えている、未来を考えては怯え、過去の痛手に震えているのです。

未来も過去も考えていてはならない、今の一歩、今の一つの善行、それが行えるチャンスに巡り合うことだけを思いながら歩くのです。

歩みを止めてしまうと、下らない考えが頭をよぎり、非道理な考えがわいて、巧みに見ためだけ歩いているように取り繕えば、城狐社鼠と、あなたの中の、あなたと言う神に見つかることはないだろうと、愚かな考えを持ち、俗世で上手く生きる方法を考えてしまう者となるのです。

彼が三十歳で神学校に入り、キリスト教で、生涯伝道者となり、神父として活動しながら、で刑務所も教誨師として、皆の心を善行へと向かわせるために、人生を捧げた。

 

献身

今日の話には、キリスト教が出てきたので、献身でなければならないことを言っておく、献身とは己の利益を顧みることなく、他者のために己の力を惜しげもなく差し出すということです。

あなた方の中には、既に阿呆となって他者の為に生きている者もいるが、その反面、未だ、そこに前途遼遠と、善行がかすみや雲が遥か遠くたなびくのを眺めている者もいる、迷っているのなら、前に進みなさい、歩き進まなければ、最後まで何もわからないまま、時計の針が止まる者となる。

今、立ち上がり、策を弄する愚か者から、何も考えず、ただ只管に歩んでみることが、あなたの力で、あなたを救う者となるのです。

歩けば、必ず、あなたに喜びを与えることが現れるのであり、せっかくの今生での、このチャンスをいかすことが出来るのであり、何も考えないで、立ち上がり歩きだすのです。

 

 

神の七つの掟

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 動物を食べない

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任・恩に報いる

■ 我慢

■ 奉仕と施し

神の化身より:神の七つの掟だけを行い、聢と、あなたが天国を選択し天国に行くのです。お金や宗教など天国にはなく、それらは甲斐無いのが天国なのです。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たちのいずれかに降りて来られて書いている者です。相談があれば相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身