第二百五章:行為無くして

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂き、次はどの章から読んでもかまいません。但し、必ず、全ての章を読むこと、それが絶対の約束です。

 

行為無くして

 

良い悪い行為

あなたは今日までの人生で、無くしたものを全て覚えているでしょうか。

無くして周りが見えなくなるくらい探したのに、今では頭の中で探したものを全て思い出そうとして、思い出せない。

思い出さなければなりません、あなたの罪だけは。

あなたが無くしたものなど、あなたが出来なかったことと比べれば、取るに足らないことです。

あなたは罪に思っていないかもしれないけれど、困った人を助けなかったことも、あなたの胸の中にいる、あなたという神を苦しめるという、大きな罪の一つなのです。

あなたは肉体の愚かさを、今まで私が書いてきたいくつかの章で十分にわかっていることでしょう。

あなたの肉体が、誰かを誰かが、傷つけていても、それを見過ごすならば、あなたの胸の中にいる、本当のあなたである神は、苦しんでいるのです。

そうです、苦しんでいる神とは、あなたのことです。

最初に私が聞きたかったことは、無くしたものは、誰も助けず、誰にも声をかけずに来た、あなたに、無くしたものは無いですかと聞いたのです。

あなたが振り返り、犯した罪のその深さを知れば、罪の深さとは、見捨てたのかと聞いているのです。人に優しくなれます。今からでも。

そうでなければ、いつまでたっても、寧静のように安らかな自分には出会うことができないということです。

見捨てたのか

昔、木与と呼ばれる人がいました。その人の言葉には、耐えてこそ一生、耐えてこそ遠きを極める。ようは、自分が自ら行っていないことであっても、周りのものと一緒に見ていれば、それは罪であり、確かに潔さと強気心が無ければ、怖くて飛び込むことは出来ないでしょう。でも今ここぞと思い、あなたの人格を極めなさいということです。

誰かが、きっと誰かが、愚か者の頭を通りすぎる言葉です。

人は驕り慢心する、そうすると、それをあなたが呼ぶのです。こちらへこちらへと。

あなたは、過去から未来に行くのではない。もし、あなたが過去という道から外れることなく、重い足を我慢しながら、未来を目指すのであれば、何故、今この時に、私と出会い、輪廻転生を終わらせる話を聞くのでしょう。

過去は、木与の言う通り終わらせ、今はいかなる苦しみをも、耐えて生きるときです。

あなたは尊い人となり、崇高で近寄りがたいけれども、誰もがあなたがいなければ幸福にはなることができないと、人にも動物たちにも思われる神とならなければなりません。

生滅流転という言葉あります。この世は止まることなく、そして止めることも難しく、流れていくのを見つめる者は、この世だけを生きるのには良いことでしょう。

私が言うことは違い、その流れに逆らい、川下から川上へと向かう者にならなければ、あなたの胸の中にいる神は、いつまでも神の世界に行くことが出来ず、あなたの胸の中で、じっとあなたの行いを悲しく見ているだけです。

川の流れに逆らう

あなたという神が、神の化身である私のところへ来たのは、あなたという神が、道を説くこともできない者が、この世に降りるとは然なくば、帰り戻らぬことを思う。

私とあなたの間には、何の石が積まれているのでしょうか。

俗世の習慣に、溺れているのは私の責任でしょう。しかし、その人生に狎れ浸心で刺激を受けているのは、私ではなくあなたであることを忘れることが無いように、あなたの胸の中の神に、あなたから伝えて下さい。

あなたが向かう道、神の道を見失わなければ、賑済(貧困・貧しいものに施しをする)であることに私は喜びを覚える。心が貧しくては華は開きません。心が、堕落しては天の扉らは開きません。

用管窺天というのは、小さな行いしかしていない者が、その小さな行いで手に入れた、小さな管から、天を見ようとしているという意味です。

このような者は何が目的なのか、己の遺棄場所を見ていることとなり、本当の行き場所を自ら捨てていることになるのです。

小さな管、大きな管、一つ良いことをしたから管が一つ大きくなった、二つ良いことをしたから、管がまた大きくなった。そろそろ覗いてみようかと、何を思い誰のために善行を行ったのでしょう。

管の大きさや、良いこと等、全ては己のためにあるものだということを忘れてはなりません。

恩返し

誰かを助けたとして、傘を貸したとして、善行は積まれても数を数えれば、一つの善行に、一つの潰えるものがあり、何も行っていなかったことになるのです。

恩義を忘れてはなりません。ここで言う恩義とは、あなたに助けることができるチャンスを与えてくれた人へのことです。

そして、この言葉の中でも、もっと大切なのは、恩義、あなたにチャンスを与えた人への報いです。

あなたには、あなた自身でチャンスを作ることは出来ない。そのチャンスをくれた人への、恩義を忘れてはならない。

そして助けられたものは、チャンスをいかした者への感謝と報いを忘れてはならない。双方が求めた時に、神が、(この先はまたいつか話しましょう)

全ては行為あることであり、心の中のあなたという神は、行為によって、頷いていることを忘れてななりません。

あなたの無くしたものは行為であり、今、私と出会いあなたの胸の中の神に促された者は、無くした行為を嘆いても、戻ってはこないことを知り、今始まった行為の正しさにより、胸の中のあなたという神が、よくぞ我が者よと頷くのです。

何も行為をする勇気のない者は、心で願うだけの偽り人となるのです。そのような人は行為を行わず「心配していた」と言葉する、それは胸の中にいるあなたという神を裏切る者となります。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身より

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身の言葉を皆様に解るように変換して書くものです。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)

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