他者を試すⅡ:第四百六十章

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂ければ幸です。後は最新の章から読まれていき、第一章にたどり着かれれば、望みを叶え完全にあなたを救って見せます。

 

他者を試すⅡ

 

声をかける

あなた方の中には、言葉に頼って宇宙を情緒する者がいる、それは、仮に怪我をした者を見て「痛そう・かわいそう・大丈夫だろうか」と、離れた場所から言葉だけで、何も行わない。

離れた場所からの言葉の意識だけで、己のことを、優しい心の持ち主で在ったり、神の七つの掟を守ったと、勘違いする者も多くいる。

近くに駆け寄り、直接相手に言葉をかけなさい。それこそが、己を切り開くことを、己すらをも凌ぐ明智となる行いなのです。

離れていては、何も利することは無く、ただ愚かな言葉で、世俗を渡る者に過ぎないことを、よく覚えておきなさい。

ここに来た限り、何を行うべきかは理解されているはず、学びて思わざれば則ち罔しであり、それではここで学ぶ意味が無い。

 

神と乞食

下記のお手紙をご相談フォームより頂きました。
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出合ったのは半年ほど前ですが、いつも同じ場所にいらっしゃるので帰りの時間に余裕があるときには少し回り道をして、乞食の方にコンビニで買ったおにぎりをわたしたりしています。
小遣いも帰宅時間も家内の管理下にあり、定時で帰れない時には連絡を入れますが、たまに思ったより早く切り上げられたときなどに乞食の方のところへ寄って、コンビニで買ってきたものや小遣いの中から少しお金を渡しています。
すごく良い方で、話を自らはほとんどされませんが、行くたびに私が飲み物とか買ってきたものをわたすと袋に入ったお菓子をくれます。そして五分ほどたわいもない今日の天気や、これからの季節などについて話してから家に帰ります。
その話題のない中なのですが、なんだかすごく有難い気がしています。乞食の者を見たら神様かもしれないという神のお話から本当にそんな気がして会うのが楽しみになっています。
私があっているのは神様なのでしょうか。もし、そうだとしたらうれしいです。でも、そうじゃなくても良いことをしている気がするので十分かもしれません。
ご回答いただければ幸いです。
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お手紙ありがとうございます。

あなたの行為により、あなたの心は癒されているのでしょうから、乞食の方は神様かもしれません。

あなたが、その者の近くにより、同じ立ち位置で、尊敬を込めた言葉で語りかけられているのを、私は非常にうれしく思う。

誰もが、あなた方のことを見て変梃だなと思い、避けて通るかもしれないが、その者たちは、神を避けていることに気が付いていない。

あなたは、これからもその行いを続け、乞食の者から、学びなさい。帰依に至らなくても、心の中で平伏して話を聞き、己の道を歩きなさい。

ただ、あなたが愚か者のように、その乞食の者を、神か神ではないのか、試す行為を行ってはならない。

過去にも私は話しているが、人を試すのも、ましてや神を試すのも、決して行ってはならない。

試す必要などなく、自分の過去の自慢話をするようであれば、もう、その者からの学びは終わったと思えばよいことです。

 

他者を試す

下記も相談フォームより頂いたお手紙なので、今回のお話と続けてみましょう。
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「他者を試す」を読んで、
他者を試すことはよくないと
わかりました。ですが、
他者を試すとはどのようなことか
はっきり分かりません。
他者を試すというのは、
具体的に
どのようなことなのですか?
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お手紙ありがとうございます。

他者を試すとは、いろんなことがありますが、今回はその中の一つだけを話しましょう。

試すというのは、どの程度の者かを尺度にかけることです。何かの基準を設けて、例えば、自分という者を基準として、相手の度量を図ることです。

しかし、己が基準というのは、自分自身を価値あるものと考えていなければ基準にはできないわけあり、そう考えると、自分を賢く評価していることになります。

これほど、荒唐無稽なことはなく、いつか必ず、己で己のことが恥ずかしくなる日が来ます。

他者を試すをまとめると、何かの基準と比較して、相手を見て、その基準というものが、クリアできるかどうかを見極めることです。

そんなことをして、誰が得をするのでしょうか。他者がクリアできなければ、勝ち誇りたいのでしょうか。

 

比較と試す

生きている限り、仮に十個必要なものがあるとして、その中の、九つは、試された時に、他者よりすべて劣っていたとしても、残りの一つだけが、秀でていればよいのです。それも、誰と比べることもなく。

そして、その一つの秀でているものが、神の七つの掟の行いであることが、この先の道を、あなたのために神はいつも一緒に最期の日まで、その最後の日とは、天国まで一緒に歩いていくのです。

試される者は、喜んで試されてあげなさい。

そして、試すものの多くは不思議と、それじゃ長生きは出来ない、という。長生きをしたからと言って、蓬莱(幸福のようなありがたいものに出会う)が見えるわけではない。

これからの人生で、乞食の者と出会っても出会えなくても、良いお話をしてくれる者との出会いは、大切にし、それが、どこかの宗教であっても、勉強させていただくことです。

この時には、この宗教家は、これを知っているだろうかなどと、試してはならない。すべての宗教家が全てを知っているわけではないのだから。

 

 

 

 

神の七つの掟

■ 神は言う:騙さない、悲しませない、
心を傷つけない

■ 神は言う:親切にできる時を逃さない
勇気で言葉を「私に何か助けさせて下さい」

■ 神は言う:動物を食べない

■ 神は言う:罪を犯さない

■ 神は言う:恩と責任・恩に報いる

■ 神は言う:我慢

■ 神は言う:奉仕と施し

これだけを行為として行えば、あなたはあなた自身で天国を選択し天国に行くのです。お金や物や宗教など必要ないのです、天国ではそんなものは無意味なのですから。

七つの掟は、どれをとっても難しいことではないはずです。但し、困難です。困難でなければ過去世までの「償」の輪廻転生はないわけです。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身

神より「我が子よ、最新の章から読むのも、第一章から読むのも、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読むことが、今のあなたを、これからの、あなたを必ず完全に救います。それが約束です。私が今回あなたたちにのみ降ろした神の化身はいつもあなたたちの事を考えている、それを忘れてはならない。大木の神より」

(神の化身の代筆者です。代筆者とは神の化身が私たち三名のいずれかに降りて来られて書いている者です。誤字脱字があれば、是非、相談フォームよりご連絡お願い申し上げます)