第百六十八章:神を信じるか信じないか

輪廻転生-神←だけは必ずお読み頂き、どの章から読んでもかまいませんが、必ず、全ての章を読まなければ、それが絶対の約束です。救われるために。

 

神を信じるか信じないか

信じる神の世界

 

今回は、神が残念に思われていることを終わりの方に書きましょう。その前に、

沢山の相談の中から私が下記の内容に答えたことを紹介して見ます。

この回答は、あなた方皆に話していることを忘れないでお聞きください。
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私は、:::::::::::家族と暮らしています。

私だけが、ここの情報を知ってしまっていることが、悲しいです。

信じてしまい、困っています。

1つだけ知りたいのです。
生きてる人間(世界中の人)はいつか、みな天国へ行くのですか?
それだけがどうしても聞きたいんです。
教えてください。
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「信じてしまい、困っています」
私は信じて頂くために話をしていません。だから、信じる必要も信じない必要もありません。

でも、私の話を信じなくても、あなたがこの世に降りてくるときに、神に話した七つの掟だけは守らなければ、残念な人になります。

■ 騙さない、悲しませない、心を傷つけない

■ 親切にできるチャンスを逃さない【言葉を発する】

■ 動物を食べない(魚や貝類も動物です)

■ 罪を犯さない

■ 恩と責任

■ 我慢

■ 奉仕と施し

どれをとっても、難しいことではないでしょう。

だから、信じても信じなくても、お金がかかることはありません。

確かに、奉仕と施しや、恩と責任には、お金がかかる行為もあります。

街で見かけたごみ箱をあさる人へ、食べものを買ってあげることは当然のことです。また、事情を聞いて理解できるのであれば、貸すのではなくお金を差し上げることもあるでしょう。

それができないのなら、国境なき医師団や認定NPO法人国連WFP協会、ユニセフ、赤十字等々に寄付をすることもいいでしょう

でも、私は宗教ではないので、お金という概念もなく、信じてしまい困っているなら、もともと私は、信じる、信じない、で話ているのではありません。

神の七つの掟の行為の大切さと、それを行うことが、輪廻転生をしてきたあなた方の人生であることを伝えて、天国に行かせるために、時々降りて来て、代筆者の方に私の言葉を伝えて頂いているだけです。

だから、私を信じるよりも、大切なことは七つの掟を守ることです。

私など一切信じる必要がないことだけは伝えておきましょう。

神の化身をを信じる者へ

さて、「生きてる人間(世界中の人)はいつか、みな天国へ行くのですか?」
この質問に対しては、全ての人が天国に行かなければ、神の目的であるものは完成しません。だから、必ず天国へ行きます。

但し、天国に行くには神の掟である七つを達成させ、継続させ、亡くなる日まで守ることです。

それを人生の目的として、守り続けなければ、天国には行けません。

亡くなるたびに、恐怖の地獄に自ら進んでいくだけです。あなたたちは、地獄という世界の恐怖を忘れているから、七つの掟を守らないだけです。それを守らせるのが私の役目です。

阿鼻叫喚という言葉があります。七つの地獄の一つ無間地獄という言葉ですが、これはあまりにも、地獄を見たことのない人の言葉であり、地獄はそんな温い世界ではありません。

あなたが私から離れようとも、常に神の七つの掟を守り生きることです。
あなたが私から離れようとも、私はいつもあなたを大切に思い見ています。

但し、恩に報いないことや、奉仕と施しをおろそかにした時、七つの掟の一つでも破ったときには、私はあなたから離れることになります。私が離れても、私はあなたに何もしません。

あなたがあなたを地獄の世界へと導き、あなたはあなたを絶対に許さないでしょう。

もし、死んでからの世界だから、という思いでいるなら、それもよいでしょう。ここに来たことは、偶然ではなく選ばれた人であり神の掟を守らなければ、あなたはあなたの今生でもいろんな生き方をすることでしょう。

神の七つの掟を守らないもの

 

ここに来て、私の話を聞き、神の七つの掟を守ろうと始めだした者に対して、私は何もしないと言っていますが、私は本当に助けなければならない時には、必ず、あなたの知らないところで、手を差し伸べています。

でも、そこからが大切です。それでも神の七つの掟を破るものには、三度目までは目をつむり、私が見て本当に助けなければならないほどの時には助けます。

しかし、七つの掟を破るのも三度までです。

神の掟を実行しない者には、私は何もしません。ただ、その者たちは、中道にもたどり着けないでしょう。三度のチャンスは与えました。

ここまでで、皆が天国に行けるチャンスがあることを話しましたが、それでも掟を守らない者を天国に連れて行くことはありません。

しかし、掟を守らない者に、守るまでのチャンスを、大木の神は、そんなに簡単に見捨てることはありません。

但し、そのチャンスにも限界があり、神は輪廻転生を行うものに、神の七つの掟を三回破ることを許します。

ある意味、神の化身と大木の神のチャンスを合わせれば六回のチャンスがあると思う者は、疎かです。それは、交差しているからです。

しかし、これを無視して生きていけば、亡くなったとしても、俗世に何度もおり、何度も地獄に行き、神は助けることが出来なくなります。

何度輪廻転生を行っても神の描く世界を作れないものは、神は、その者を切り、地獄から出てくることができない世界へ飛び出させるだけです。この話はいつかしましょう。

この三度が大木の神の与える愛のチャンスです。これをいかせば今生で生きているものは皆天国に行けます。

ここへ来たことは、大木の神が与えた一つ目なのか。それとも最後の一つなのか、いずれにしてもチャンスです。

そうでしょう、神の七つの掟を、知ることができたのですから、それでもわからないのなら、残されたチャンスの数は、私が教えることはありません。

チャンスをいかさずに回数を終わらせれば、はじめに起こることは、あなたが一番大切だと思うものをなくすことになります。これは、私や大木の神が奪うものはぎ取るものではありません。あなたが見捨て、あなたがなぶり捨てたのです。

このような話があります、大金持ちの娘が誘拐されました。警察に連絡すると、娘を殺すと言われました。身代金は、その大金持ちの持つほとんどの金融資産です。大金持ちは、悩み考えました。結果は警察へ連絡をしました。

大金持ちは、助けてくれるかと思い警察にかけたのではありません。自分のお金の全てを持っていかれることを悩んだ結果です。

誘拐とお金

 

鸚鵡という鳥がいますね、この言葉の使い方は色々とありますが、本来の意味は言葉巧みな口先だけの人を指します。

神は、そのような鸚鵡人をたくさん見ています。今も神は「上手く話せて、立派な宗教家と言われ、または、神と崇められ、沢山のお布施を集めているものを見て、あのものを助ける神の化身はいない。地獄しかあの人を待っているものは無い、かわいそうに」

また、「あの者の話は実に面白い、人を騙して物を買わせて、次に物を買わせて、実に巧妙に仕組まれている。大したものだ、あの者を助ける神の化身はいない。地獄しかあの人を待っているものは無い、かわいそうに」

あるものを見ては「欲しいものを手に入れるためには、泣いてみたり、恫喝して見たり、上手い話で人を騙したり、なんでもする人が多い。哀れだ」

また、「どうして困っている者に声をかけないのだろう。どうして、私の友達である動物たちを殺して食べるのだろう。どちらも哀れな人たちだ、あのものたちは地獄へ行くだろう」

「あのものは、自分よりも貧しい人がいることを知らないで、自分が貧しいと思い、膝を抱えているのだろう。あのものは恩を受けたのに、どうして誰でもよいので何かの形で返さないのだろう。そんなに地獄へ行きたいのだろうか。なぜ、天国へ来てくれないのだろうか」

このように話されることがあります。これは、大木の神が七つの掟を守らないものを残念に思い、天国に来て欲しいと願っているからです。

鳴蝉潔飢という言葉があります。高く志のある者は、たとえ困窮しようとも、誓ったことを最後まで守り抜くという意味です。

一度でも、神の掟である七つの掟を守ってみようと思ったのなら、最後まで貫きなさい。

でも、守らずに最後まで生きて行っても、私には何の問題もありません。ただ、私の力では助けられなかったことを悔やむだけです。

但し、私のことを信用しなくても大丈夫です。私は、何もあなたに罰も与えません。ただ、いつも神の掟を守っているかなと、心配しています。

あなたが最後まで、貫き通すことを頑張ってみて下さい。

そしてあなたがた皆が。

 

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。あなたを救いたいから。
神の化身より

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