第三十一章:輪廻転生-本当に欲しいもの 「償い」

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輪廻転生-本当に欲しいもの それは「償い」

欲しい物を簡単に手に入れる方法は、第三十章で、お分かりいただけました。

但し、第一章から続く各章を忘れて、第三十章だけしか読まなかった人は、「流し捨てる」という言葉を、誤って解釈されているかもしれません。

誤って解釈したなら、輪廻転生、生まれ変わったことへの意味を逃してしまうでしょう。

輪廻転生11

一つの例を挙げ、この章の話に入りましょう。

例えば、車を持っているけど、他に欲しいものがあるから、車を捨てることで、お椀の中から「流し捨てた」ことになり、お椀の上の部分に、流した分と同じだけの、空きができ、今、欲しいものが手に入ると考えているとしましょう。

すでに手に入れた、形あるものを捨てる必要などありません。
仮に車であれば、生きていく上で必要不可欠な地域もあるでしょう。

重要なことは。

本当に生きていく上で、必要なものを、買ったり、手に入れたりしたのか。
それとも、私利私欲嗜好を満たすために、買ったり、手に入れたものなのか。
お椀の中から、流し捨てるものは、私利私欲嗜好を満たす、物であったり、心であったりということです。

 

第三十章の方法で、「あと一つ」が叶ったので、もう必要はありません。
しかし、この章に来ても、あなたは言う「いや、あと一つ」と。

最初は、流し捨てられるものも多少あるでしょう。
でも、いつの日か、流し捨てられるものも、尽きてしまい、手に入れたものを、手放せないのに、お椀の底を開くことなく、目いっぱい水が入っているお椀に、永遠と水を注ぎ続け、欲望のなれの果てに、ゲームオーバーの日を迎えるのです。

永遠と私利私欲嗜好という水を注ぎ続けている間の、あなたは、何かを捨てて、何かを手に入れることだけに、頭を悩まし、そして、ようやく何かを捨てて、何かを手に入れることができたら、次の私利私欲嗜好が働き始めます。

あなたは、いつもそれらに追われ、その呪縛は、食事中も、仕事中も、あなたの頭の中から、離れることも、忘れることも、無くなることもありません。

そして、あなたが生まれ変わるときに、あなた自身が決めてきた、ゲームオーバーの時を迎えるのです。

それで一生を終えていいのでしょうか。

お椀は、そのために用意されたものでしょうか。

お椀に入れるものは、善行です。
そのために、お椀は用意されていて、善行「償い」で満たさなければいけません。

お椀を作る方法に戻り、手と手を合わせて作った、お椀の底の部分、小指と小指が合わさっている付け根の部分を、大きく離して、私利私欲嗜好を、流してみてはいかがでしょう。

お椀の上の部分に、流した分と同じだけの、大きな空きができたでしょう。
そこに、善行という「償」を入れていくことで、お椀の中の水を目いっぱいに張ることが、この世に降りてきた、意味なのです。

 

私は同じ話、同じことを何百回も言います。

神の化身より

 

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